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この高校の文化祭は色々な関係で六月下旬に行われる。なのでもう準備が開始される。
翼達のクラスは、ゲームをやるらしい。というか、ゲームかバザーしか選択肢がない。パーラーは三年だけと決まっている。
よく他校の文化祭で見られる模擬店や出店はない。お化け屋敷もない。
その代わり、衣装と装飾が凄い。高校に一歩入ったらたくさんの別世界が広がっている。
コスプレ集団が普通に歩いている。因みに衣装は自作が多い。
翼のクラスは、何を思ったかテーマが「男気」。ともかくカッコよさを追求し、女子にモテようという単純明快な流れである。
衣装は戦闘服と王子。戦闘服は持っているなら柔道着等や、頑張って自作でいくらしい。王子は制服と自作で頑張るらしい。
翼は中学の時体育で柔道をやり、柔道着を持っていたので戦闘服の方で行こうと思ったが、
周囲が「翼は王子だろ!」「王子メインポジションは翼だろ!」とか何とかもの凄い数の言葉を浴びせられたので、
仕方なく王子にした。翼は思う。
――王子って、「男気」なのか……?
部活の方では、展示と夏部誌販売をする。展示テーマは「ミステリー」、衣装は各個人別々。
部員がそんなにいるわけではないかららしい。
今度翼は怪盗にされた。黒のタキシードにマントとシルクハット。怪盗の正装らしい。
「タキシードなんて普通持ってるかよ」部員の話し合い。
「親父とか持ってないの?」
「えー翼んとこ親父さんいないんじゃなかったっけ?」
「他の家でもさー」
「大体持ってないだろー。タキシードだぜ?」
「親父いないけど、あるよ」ここで初めて翼は口を開く。
「あるの!? タキシード!?」
「何か昔二人で盛り上がって仮装しまくったらしい。で、それが残ってるはず」
「…………」
部員達も最近翼の両親の不思議さを理解してきたようである。
「あの母(ひと)は父関連の物は大体残している。毎晩眺めて顔埋めてるんだって」
真顔で言い切る翼。突っ込む気力もない他の部員達。
「あ、そうだ。弟君誕生の話とかあるんだっけ?」
「普通の話も聞きたいってやつですか?」
相変わらずの真顔で言い出す翼。
「あるんならたまには聞いてみるか」
そこで、翼は話し出した。前、慎吾とも少し話した翔の妊娠が発覚した時のことを話し始めた。
翼は父親を失った時のことを全く覚えていない。全ては母親から聞いた話である。
母――小羽は隼翔を失った時、表には出さないようにしていたがもの凄く打ちひしがれていた。
あれだけ衝撃的な出会いで、完全に運命の人で、なくてはならないとても大事な人だった。失ったものは大きすぎた。
悲しみは耐えられる類のものではなかった。
幼い翼と家に二人きり。暗い部屋に二人きり。
やたらと重くてひんやりと感じる、広い空間。からっぽだ。中身がない。ぼんやりと自殺さえ考える。
あの人と同じところへ行けたら。あの人とまた会えるなら。
気がつけば、そこには翼がいた。小羽の方をじっと見ている。
突然、そっと小羽の手に翼の小さな手が重ねられ、握られる。翼は言った。
「かーたん」翼は当時、小羽をそう呼んでいた。「お母さん」と言っているらしい。そしてまた言葉を発する。
「いかない」それからまた「かーたん」と言う。そしてまた「いかない」と繰り返す。
小羽は思い出す。共働きの風矢家。小羽の母、要は翼の祖母に翼を預けることもあった。
小羽と離れる時、翼はいつもこう繰り返した。「かーたん」と「いかない」を。
「お母さんと離れたくないのね。行かないで、って言ってるのよ」
小羽の母はそう言っていた。
――離れたくない。行かないで。
もしかして今、翼は私がいなくなってしまうと感じたのだろうか。小羽は考え、翼を見る。
翼の方はずっと目を逸らさずに言葉を繰り返している。そんな翼をそのまま見ていると、今度は別の言葉を発した。
「とーたん」翼は隼翔のことをそう呼んでいた。こちらは「お父さん」と言っているらしい。
そして次に「ここ」そう言って翼は小羽のお腹を小さな手でぺたっと触るのだ。
今度は「とーたん」と「ここ」を繰り返し始めた。小羽は生理が来ないことに気づいていた。
それは、隼翔を失ったショックだと思っていた。が、違うのかもしれない。もしかしたら……
その後、翔の妊娠が発覚した。小羽は、翔を隼翔の生まれ変わりだと思っているらしい。
「俺はどうやら母の自殺を止めたらしい」
話し続ける翼。無言の一同。
「俺は何か知らないが弟の誕生を察したらしい」
やはり無言の一同。空気が重い。やっとここで翼は周囲の状況に気づく。
「え、ちょっ……なんで泣いてるの!?」
「ギャップ……話にギャップが……ありすぎるだろ……」
女子数人が少しだが泣いている。男子は目を伏せて逸らしている。
「いや、あの、空気がおかしいよ!?」
焦りだす翼。未だに重たい空気。
「す、すいません!」
取り敢えず必死に謝る翼。同時に幼い頃の記憶を引っ張り出す。
「父さんは星に帰ったのよ」
そう。父さんは逝ってしまった。母さんは俺達がいるから、俺達を育てなきゃいけないから星に帰らなかった。
後追いしなかった。ストレスレベルで一番高いのは、「配偶者の死」とどこかで読んだ記憶がある。
凄く辛かっただろうに悲しみに耐え、翼と翔をここまで育ててくれた母親を翼は尊敬している。
よくその尊敬は母の奇妙な行動に揺らぎそうになるが。
「ほ、ほら! 空野は衣装どうするんだよ」
必死に話題を変えようとする。翼に話しかけられた雫は満面の笑みでこう言った。
「怪盗の恋人ーじゃなきゃ妻!」
「…………」
さっきより無言の一同。
「……展示の細かいテーマ決めようか」
「そうだよ。決めなくちゃね」
綺麗に雫の発言を流そうとし始める一同。文芸部の心が一つになった。
そこに写真部の部員達がやってきた。
部員の友達や、監査委員が来ることはあるが、それ以外では部員でない者が部室に来る事はない。何事だ。
「写真部で売り出すアルバムのテーマの候補に、『風矢翼写真集』があるんですけど、モデルになってくれませんかね」
「はい!?」
突然の話に混乱し出す翼。そんな翼をよそに盛り上がる文芸部。
「さすが翼。モデルだモデル」
「売れるぞ? ジョーニーズみたいに」
ジョーニーズは有名アイドル事務所の名前である。
「え、いや、嫌っすよ! 俺、シャッター音大っ嫌いなんすよ!」
叫ぶ翼の声は掻き消される。
「私買うー! 金のある限り買うー! ぐふふぅー」
既に何かを妄想して悶えだす雫。
「じゃ、じゃあ父さんの写真集を提供するんで勘弁して下さい!」
出せる限りの声で叫ぶ翼。
「待て。翼の父さんは写真集出してるのか?」
「両親による製作、出版だそうだ。因みにポスターもある」
「お前の両親何の仕事やってる人だよ……」
「さぁ? 息子でさえ知らない」笑う翼。
「取り敢えず母さんがまたいつか売り出したいとかいう訳のわからないことをほざいていたので」
「明日辺り……それを見せてください」
写真部一行は、翼の両親のおかしさに引きつつ去っていった。
帰ってから、翼はまた慎吾と共に部屋にいた。翼父の写真集を見ていた。
「俺の母さんの宝物」
「だろうな。というか何冊もあるわけ?」
「家にあるのは三冊くらい。後は頼めばまだ発行できるらしい」
「何故に三冊あるの」
「まず鑑賞用、これは毎日見てるやつだね。で、保存用、指紋をあまりつけないで綺麗に保存することを目的としている。最後に災害時用、災害が起きた時に持って逃げるカバンに入れてあるらしい」
「日常必需品かよ」
「あの人は多分あれがないと生きられない」
写真集には、色々な写真があった。その中に怪盗の扮装をしているのもあった。
「何か俺、文化祭でこれ着るらしい。母さんに許可は取った」
「着てみたの? 試着だよ試着」
「着てみるか」
翼は部屋を出る。慎吾は一人で写真集をめくりながら待つ。
数分後、怪盗衣装を着た翼が現われた。慎吾は今の翼と同じ格好をしている写真集のページを開いていた。
目の前にいる少年と、今慎吾が見ている写真集。
同じ人にしか見えなかった。
「すげぇー。写真の人が目の前にいるみたい」
「言われると思った」苦笑しだす翼。
「翼似合ってるよ。いや、似合うと思ってたけど」
翼父が似合うものは、翼にも似合う。何故なら同じ顔だから。
「双子を超えたな。もはや同じ人だ」
「親と子だ!」
「翼大人っぽいから~」確かに翼は実際の年齢より上に見える。
「老けてるってか!?」
話しながら爆笑しだす二人。二人はパソコンのある部屋――和室へと移動する。
「翼って、何で文章書くの好きとか何で文章を書くのかってあるの?」
「えー?」翼は一瞬考える仕草をして、「何かをガツンと伝えたかったりするのに一番俺に向いてるのが、小説。何かをガツンと発信してやろうと思うから書いてるのかな」
と真面目に言って、それから笑う。相変わらずの早口。
伝えるというより、自分の中で抑えていた感情をぶつけたかった。あの過去、まつわる感情。
いつだってそれらは鳴りを潜めて待っている。思い出す度溢れ出そうに渦巻く。
翼は常にそれを抑えようと、いっそ飼い慣らそうとしている。
しかし、全くできていない。過去が匂えばそれに潰されそうになる。
ぶつけたかった。全て。開放されたかった。全てから。
そして、自分の視界に入ってくる悪という悪を叩き潰したかった。抹殺したかった。片っ端から撃ち殺していきたかった。
それができる方法、翼にとっては文章発信。
「慎吾君お待たせ! ゲームしよう!」
和室に翔が入ってきた。慎吾とゲームで遊ぶ予定だったのだ。ゲームを始める二人。翼はまたパソコンの画面に向き直る。
部誌用の小説、それ以外の小説を並行して書いている。部誌用は短編ながらプロットを立ててきっちりと、それ以外の小説は習作といった感じに書いていた。
まとわりつく過去の痛みや感情を、文章に変える。得体の知れないそれを、小説で形作る。そうしないと自分で掴めなかった。以前は存在すら認知していなかったが、今は違う。ただ、見つけたその存在を上手に捉えられなかった。自覚はすれども実感が掴めない。
このまま通り過ぎていくのだと思う。何事もなかったかのように。輪郭を掴めず、それでいて鈍い痛みを与え続けるけれども、何事もなかったかのように。
いつか体の具合も元に戻るだろう。この先は普通に人生を送っていくのだろう。
体の奥で燃えるこの痛みは、何物にもならない。
何の意味も持たない。
ただの痛み。それ以上の意味はない。
そう思うとぽっかり胸に穴が開く。痛いだけ痛いんだ。それは何の幸せももたらさない。多少の足枷。でも歩いて行ける。ただ痛いだけ。
その敵を認知したかった。認知して、対峙し、退治したい。意味を持たせたかった。そして、葬り去りたかった。
出来る手段は文章だ。持てる武器は、文章だ。文字の羅列を物語の銃身に装填する。撃つ。文章を研ぎ澄まして矢を作り、物語の弓に宛がう。放つ。
書かなければ人生が、痛みが、自分自身が、すべて意味を失くしてしまう。
読書しかしてこなかった。読書だけなら誰にも負けないくらいしてきた。だからそれしか自分にはない。
読んでも読んでも足りない。世界に浸り込む。本の世界を追って入って、感情を預け、同化させた。そこが居場所で、全てで、世界だった。
それだけではまだ足りず、書いて書いて更に世界を構築した。自分で居場所も武器も作り、世界を守って、広げた。
――世界。与えられる世界だけでなく、俺が作った俺の世界。文学世界。自由で果てしない文学世界。
――戦いたいから、戦うために、書いているのか。縋って、しがみついているんだ。
途端に虚しくなった。だけども、キーボードを打つ手は一切止まらなかった。
書いていなければ、読んでいなければ、生きてゆかれない。全てを、失くしてしまう。
――だから、俺は文学世界にいる。ここにいる。