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エスティーメモランダム

―学園サバイバー―

7
+++

 私は、朱音と一緒に黒い影と戦っていた。
 拳銃を持って、射撃していた。
 そこに、あの友達がやってきた。援護射撃をしてくれた。
 友達も同士なのかもしれない。前からうっすらそう思っていた。

 弾は影に打ち込まれる。
 全然効いていない。当然だ。私達に力など与えられていないのだ。
 戦おうにも勝てるはずがないのだ。世界にそう決められたから。
 ――逃げるしかないのか。
 そう脳裏に過ぎった瞬間、いきなり背後から、光が差した。
 影が消える。


 今度は、高校の教室にいた。
 教室は光が差していて、明るかった。黒い影も何処にもいない。
 安堵の息を漏らした。隣を見たら、朱音がいた。私の方を見ながらにこにこ笑っている。


 目が覚める。いつも感じる不快感がなかった。むしろ爽やかな気分だ。
 夢を見て、暗澹とした気分に陥らなかったのは久しぶりのような気がした。

+++

 今日は、学校に朱音が来ていなかった。
 昨日は調子を崩した感じに見受けられなかったのだけど。ただ、あれだけ落ち込んでいたから心配になる。
 朱音にメールをしてみたけれど、返事は返ってこない。もう今日の授業は終わっていた。
 もやもやとしていたら、今日も先輩と一緒にいた白乃が声をかけてくれた。
「朱音ちゃん、朝は見かけたのに一時間目の前にいなくなっちゃったよ」
 え、学校に来てはいたのか。そこで白乃の友達も話に加わる。
「午後保健室行ったけど、いなかったから早退したのかな」
 最近、朱音が私以外とも話せるようになってきていた。白乃とその友達とならちょっとは話せるのだ。
 今はそれどころじゃなくて……。朱音は家に帰ったのだろうか? 家で寝ていたりする分には、メールが返ってこなくても問題ない。
 しかし、昨日の朱音の様子が脳裏に浮かぶ。やはり心配だ。朱音はマメにメールを返す方だし……。
 そんな中、私の携帯が着信を知らせた。朱音からだ。
「葵さん? ごめんよ。オイラだよ。朱音だよ」
「アンタ今日どうしたの」
「オイラ、やっぱり悪い子なんだ。ごめんよ葵さん」
 やはり元気ではないのかと思考を巡らせた時、電話越しにラッパの音が聞こえた。
「あれ、朱音もしかしてまだ学校? 吹奏楽の練習が聞こえた気がするんだけど」
「よ、よくわかったね……学校だよ」
 明らかに朱音の様子がおかしい。出だしから口調が暗いし、おろおろしているように思う。
「学校にいるなら、そっち行くから。何処にいる?」
「いないよ。いないんだよ。メール返せなかったから電話しただけだよ。ごめんよ。じゃあね!」
 朱音はそれだけ一気に捲くし立てて、電話を切ってしまった。かけ直すけど、電話に出る様子はない。
 やっぱりおかしい。私は教室を飛び出した。
 ラッパの音。単体ではなく、いくつかの楽器の音が聞こえたように思う。演奏を合わせているなら、音の元は音楽室だろうか?
 何とか冷静に考えながらも、私は焦っていた。朱音の様子はそれほどおかしかったのだ。呂律もあまり回ってないように思ったんだ。
 音楽室は予想通り、吹奏楽部が使っていた。ということは、この近くだろうか。この近くで一人きりになれる場所は……。
 私は、音楽室の側にあるトイレに飛び込んだ。そこなら、使う人も少ないはず……。個室を覗く。一番奥に、朱音はいた。扉も閉めずに、そこにいた。

 しゃがみこんだ朱音。足元にはいくつもの錠剤シート。錠剤は一つも入っていない。
「朱音。どうしたの」
 こちらを向いた朱音の目はまるで輝きがなかった。表情も、生気もなかった。
「オイラ悪い子。だからいなくなるんだ」
「もしかして、これ全部飲んだの?」
「家じゃ見つかっちゃうもん。学校で葵さんに見つかるとは思ってなあっあなぁ……」
 朱音は個室の壁にもたれながら、しゃがみ込んでいる。何か一つ支えをなくしたら倒れてしまいそうだ。
「朱音、アンタは全部自分が悪いと思ってる?」
「そう、じゃないの?」
 私は朱音を胸元に引き寄せて、抱き締める。朱音の肩は、予想外に小さかった。
「とにかくさ。逃げとこうよ。翠さんとこれからも付き合っていきたいなら、朱音がそんなんじゃいけないんだよ? 朱音が傷付くのなら、一緒にいちゃいけないんだよ」
 体が船を漕いでいる朱音を私は背負う。思った以上に軽い朱音。ここに朱音は何年も傷や闇を溜め込んできた。
 朱音を背負ったまま、個室を出て廊下へ行く。

「アンタ、自分が悪くないとは全っ然考えなかったの?」

 朱音は答えない。意識が落ちているのだろうか。でも呼吸も鼓動も感じるから、多分大丈夫だ。
 返事はないけど、私は朱音に語りかける。

「私達は死ぬ気で生きてきて、何とか生き残ったんだよ」

 そうだ。黒い影と一方的な死闘を繰り広げ、乗り切ってきた。
 世界から見捨てられても、世界にしがみついて何とかやり過ごしてきた。
 今だってその痛手を抱えたまま、必死に生きている。
 傷付けられて歪められたままの自分に縛られながら、必死に生きている。
 そう、だから、

「私達はこれ以上傷付いちゃいけないんだよ」

 もう逃げ切ったんだ。全ては終わったはずなんだ。
 過去に縛られちゃいけないんだ。現在へ、未来へ逃げていけるんだ。
 世界に光が差して、黒い影は消え去った。私達には今、光が当たっているんだ。

「もう、戦いは全部終わったんだよ」


 保健室に朱音を運ぶ。事情を説明する。保健室の先生は、度々朱音から話を聞いていたらしく、話が早かった。
 朱音はベッドで眠っていた。命に別状はないし、このまま様子を見るそうだ。
 私は、朱音が気になるけど帰ることにした。教室に荷物を取りに戻ると、白乃とクラスメイトが待っていてくれた。二人とも朱音と私を気にしていてくれたようだ。
 白乃が私に差し出した二枚の紙を見て、私は驚愕した。
「これ、ライブのチケット……」
 そう。私と朱音の好きなあの歌手のライブだ。ちょうど、今週末にある。
「私達は予定があって行けなくなっちゃったの。譲る人、探してたの。二人で行っておいでよ」
「……ありがとうございます」
 私の目から、ぽろり涙が零れる。朱音が心配だったんだ。心配でしょうがなかったんだ。張り詰めていた気が、するり緩んだ。

 翌朝、私の携帯に朱音からメールが来ていた。
 今日は学校を休むけど、もう大丈夫なのだそうだ。そして、ライブの話に喜んでいた。明日がもうライブ当日なのだが、明日にはもう外に出れるとも書いていた。感謝と謝罪の言葉の中で、そう書いていた。

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