エスティーメモランダム
―学園サバイバー―
8
+++風が気持ちいい。
温度もちょうどよく、暖かい空気が私を心地よく包む。
見渡した世界はとても明るく、清々しくて、何より平和だった。
隣には朱音がいる。朱音も気持ち良さそうに風を受けている。
そうだ。私達の世界に平和が戻ったのだ。
こんなに穏やかに時が過ぎるなんて。
気がつけば、白乃もいた。あの友達もいた。
あぁ、私はもう一人じゃないんだね。朱音も。
私達は幸せになることをようやく許された。
すっきりと目覚める。窓からは柔らかい朝日が差している。
さぁ。今日は久しぶりのライブだ。これからは受験がある。だから、今日のライブが終わったらしばらく行けないかもしれない。
はりきって準備を始めよう。
+++
朱音は今日も、男の子のお人形ルックス。顔色もいいし、元気そうで安心した。
電車に乗り込み、ライブ会場へと向かっていく。
ちょこんと席に座った朱音が、近況を報告してくれた。
「翠さんはねぇ。心が病気かもしれないから今度病院行くって。保健室の先生言ってた。先生、勧めたんだって」
翠さんも未来に向けて動き出したようだ。
「オイラはしばらく、翠さんとお別れなのだ。先生に勧められたのだ」
君達は保健室の先生に勧められなきゃ動けないのか。
そして私は、朱音にずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「何で私に声かけたの?」
朱音はにこりとして、私のカバンを指差す。ちょうど携帯が入っているところだ。
「だって。前のライブグッズのストラップついてたから」
私はカバンから携帯を取り出す。確かにライブグッズのストラップがついている。
「仲間がいる! ってオイラ嬉しくなっちゃって」
ちょっとはしゃいでいる朱音を見て、私はある考えに至った。
朱音は、翠さんから逃げようと思っていたんだ。私が言い聞かす前に。
それには、友達が必要だったんだ。独りぼっちにならないように。助けてもらえるように。
必死に話しかけてきた出会いを思い出した。あの懇願は、朱音のSOSだったんだ。
「オイラ、葵さんに出会えて良かったよぉ! 初めてだよ。こんなにいつも楽しいの」
私も。朱音に出会えて良かった。朱音に出会えたから、過去を振り切っていくことができた。自然に振舞うことを覚えられた。
「オイラが悪くないなんて、今まで誰も教えてくれなかった」
朱音が呟く。
「でも、葵さんが教えてくれた! オイラも捨てたもんじゃないって」
朱音はようやく自分を認めることができたようだ。
ライブ会場に辿り着く。ライブグッズのストラップを、朱音とお揃いで買った。
まさか、これが朱音と私を結び付けるとは。
簡単なことで世界は闇に落ちるけど、ふとした瞬間で光も差すのだ。
さぁ。ライブが始まる。会場が静かに熱を帯び始める。そして開演と同時に爆発するのだ。私はワクワクしている。
隣には、朱音がいる。
私達の新しい世界が始まる…………
こうして私達は生き残った。
今ようやく戦いに勝ったと言える。幸せをつかんだと。
今もなお、世界で戦うソルジャー達に告ぐ。
勝てる戦もあると知れ。
こうして生き残り、平和を知った私達を見よ。
煤だらけ傷だらけで笑う勝者、
私達は、学園サバイバー。