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エスティーメモランダム

―学園サバイバー―

5

+++

 明かりのない、暗い部屋。そこには、私以外誰もいない。
 私の前には、荷造り用の白いビニール製の紐が置いてある。
 それを見つめながら、私は考える。

 時刻は丑三つ時。数時間後には朝が訪れ、人々は活動を始める。
 時間は過ぎていく。また朝が来て、学校へ行かなければいけなくなる。
 それを防ぐことはできない。逃げることもできない。
 ただ道は二つ。
 また朝に絶望を見出すか、この紐の先に輪を作って首を括るかだ。

 絶望の二択。
 時間は過ぎていく。


 夢だとわかっても、あの時の感覚が体にまとわりついて、酷く不快だった。
 私はいつだって記憶に縛られている。こうして浅い睡眠を続け、寝不足に苦しむ。
 夢で思い返される感覚が痛む胃に詰め込まれ、苦しくなる。

+++

 私は前日学校を休んでいた。風邪を引いてしまったのだ。一晩寝たらすっかり良くなり、今日は登校している。
 昼休みに朱音の元へ行く。朝、私が登校してきたことに喜んでいた朱音は、今や意気消沈としていた。喜んでいたのは、私を見かけた時の一瞬だけだった。
 目はまた涙でいっぱいで、ただならぬ暗いオーラを身にまとっていた。
「どうしちゃったの?」
 私は極力優しい口調になるように気を使いながら、話しかけた。
 朱音は涙声で話す。
「翠さんにまた怒られました」
「アンタ何かしたの?」
「昨日、葵さんが休んでたから、オイラ独りぼっちだったのだ。翠さんに友達いないよーってメールしたのだ」
 やはり昨日は一人でいたのか。きっと俯いて、黙って席についていたのだろう。
「そしたらね、オイラみたいな変な奴に友達いるわけないだろって。何でわざわざ変な奴と友達でいなきゃいけないんだって」
 きっと朱音は、友達である私が休んでいて寂しかったからメールしたのだろうに。翠さんの言い様に私はちょっと驚いた。
「オイラねー。前に翠さんに言ったんだ。話が合う人がいないって。翠さんはね、何でお前に合わせなきゃいけないんだって言ってて」
 朱音の話したい話題とは、出会った時に歌っていた歌の、歌い手のこと等だろう。私とはよくそんな会話をする。音楽の趣味が、私と朱音で一致している。
 私も、なかなかその歌手の話題で話せる相手がいないので、話が合う人がいないという朱音の気持ちが何となくわかった。
 だから、翠さんの言葉は私にも刺さった。朱音はそんな私に気付いていないようで、話を続ける。
「だからさ。オイラに友達がいるはずないんだよ。オイラ悪い子だもん」
 また朱音は言った。悪い子、と。
「朱音、アンタ何でそんなに自分を悪い子と思うわけ?」
「だってぇ……翠さん、いつもオイラのこと怒るよ? オイラ、いつも悪いことしちゃうんだ」
「悪いことって何よ」
「いっぱいだよ。色々だよ。いつもだよ?」
 いつも、あんな風に朱音は冷たく言葉をかけられているのだろうか。朱音があれだけボロボロになるような言葉を、翠さんはいつもかけているのだろうか。
「私には、悪いことしたことないじゃない。翠さんにはするの?」
「わかんないよぉー……。葵さんとおんなじ風にしてるよ。でも、翠さんは怒るんだよ」
 翠さんの導火線や地雷というのはそんなに短く、浅いのだろうか。
「怒らせちゃうのに、何で一緒にいるわけ?」
 私は、一番気になっていたことを朱音に尋ねた。
「だって。翠さんはオイラのこと大好きっていうよ。怒ってる時以外は、すっごく優しいんだよ」
 話を聞いてくれるとも、朱音は言っていた。
「その翠さんは、朱音以外にもそんな態度なの?」
「オイラだけじゃないかなー。だってオイラ悪い子だし。翠さんのお友達ってよく知らないや」
「翠さんアンタ以外に友達いないの?」
「いるかもしれないけど、オイラは知らないなぁー」
 私は考えてみた。どんなに冷たくされても、後で優しくされるから朱音は離れられないのじゃないかと。
 朱音は、傷付いた過去の話を翠さんにしかできず、翠さんにしか心を開けなかったのではないかと。
 両極端な態度を取られるけど、他に友達を作ることができない朱音はそれにしか縋れないのではないかと。
 他の人に怒る翠さんを見ないから、朱音は自分が悪いという結論に至るのではないかと。
 自分の悪いところを直せば、次こそは翠さんに認めてもらえると毎回期待しているのではないかと。
 朱音はまだ落ち込んだ風に目線を落とす。そんな朱音に、私は言葉をかけた。
「朱音さ、振り回されてない?」
「わかんないよぉー!」
 朱音の口調が今、普通だった。鋭く、素早く言ったんだ。

 朱音にはその時、もうわかっていたんだ。翠さんとの関係が普通ではないと。
 それから、朱音は私に尋ねたんだ。またいつもの、間延びした変な口調で。

「葵さん、オイラのお友達?」
「そうでしょ? 朱音がそう思ってないなら考え直すけど」
 私の反応に、朱音は潤んだ目のまま、満面の笑顔を浮かべた。初めて見る、朱音の混じり気ない笑顔だった。
 私も微笑んだ。私は、朱音に対してなら自然な自分でいられた。面倒を見ていたら、いつのまにか自然な笑顔になれたんだ。
 朱音が私に懐いてくれるのが嬉しかった。私の存在を認められたような気がしているのだ。

 朱音は、私の「お友達」だ。

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