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エスティーメモランダム

―学園サバイバー―

3

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 くすんだ灰色の街。鉄の塊が右後方から、前へと流れていく。
 曇った空、色味のない建物の列。
 紺色の群れは、中学生の群れ。

 私の脳内はズタズタ。踏みにじられ、破壊された街のよう。
 廃墟が不気味に並んで、空だって太陽は見えずに暗いまま。
 私は、さぞかし真っ暗な表情をしていたことでしょう。

「葵ってさ。暗いんだよ」

 声の元は、紺色の群れの中。

「一緒にいて、こっちも暗くなるっていうの?」

 紺色が、黒ずんで見えてくる。
 もはや街も空も友達も、白黒でしかない。色への認識が落ちていく。

 友達ができたから、楽しいしいいやという気休めが消えていく。
 何ならクラスで味方になってもらえるかも、という安易な前向き思考が墜落していく。
 暗くしている自分が弱いのかという呪いのような感情が、湧いては私を縛っていく。

 縛られて、私は離れられない。
 私に起こっている出来事は大したことではない。
 辛いことを話すのは弱音を吐くことだから、してはいけない。
 誰にも弱いところなんて見せられない。

 笑顔を貼り付けるのは、意外と簡単だった。
 何事もないように振舞うのなんて、やってみればすんなりと行った。

+++

「葵さん、顔色悪いよ。ちゃんと寝てる?」
 そんなことをのたまっているのは、先程大荒れしていた朱音だ。
 授業中に突然泣き始め、そのまま泣き止むことがなかった彼女は、保健室へと連行された。
 二年生の時にもそういうことが度々あったようで、その事情をわかっているクラスメイトが連れて行った。
 授業が終わって、迎えに行ったのが私だ。
 泣き止んだ朱音が、お迎えを喜んで私に言った言葉があれだ。
「いや、あんたこそ大丈夫なの?」
「落ち着いたのだ」
 泣き腫らした目の朱音はもう普段通りだった。
 私も少しほっとして、朱音に尋ねる。
「どうしちゃったわけ?」
「これはぁー……オイラが悪い子だからだ」
 意味がわからない。朱音は赤い目をこすった。
 そこで私は、朱音の捲くった袖の下を見たんだ。
 袖の下は、桃色に染まって、線状に膨らんでいた。幾筋も引っ掻き傷が並んでいた。
 俗に言うリストカット、とは違うのだろう。刃物ならもっと鋭い傷のはず。これは猫とでも戦ったのか、爪で引っ掻いたのか。
 朱音は、私の視線に気付いたようだ。
「これもぉー……オイラが悪い子だからだ」
 自分でやったのか。それにしても、言葉の意味がわからない。
 私は考えてみて、朱音から意味を引き出そうと言葉をかけた。
「何。いじめられっこだったから、自分を卑下しちゃうわけ?」
 私はそうだ。自分に価値を見出せない。あれだけの辱めにあった自分を綺麗に思えない。存在しているかも怪しいと思っている。
 いじめ、というやつは存在を、人格を否定することだと痛感している。
 味方もなく一人で耐えていたら、自分がわからなくなる。誰もが自分を認めず、同意しない。そんな世界。自分などいない世界。

 朱音は、その腕をさすりながら話し始めた。
「いや、いじめられたのはオイラが悪いからではないらしい。そう翠さんが言っていたのだ」
 初めて聞く名前が出てきた。朱音に友達がいたのか。
「翠さんって誰よ?」
「お友達なのだ。一、二年とクラスが一緒だったのだ。お話聞いてくれるのだ」

 続きは、教室で聞くことにした。今日の授業は全部終わっていた。
 日が傾き始めた教室。教室の後ろの方にある私の席で、朱音の話を続けた。
「オイラねぇー。人と話すの怖いから友達いなかったんだ。でも、翠さんとはお友達になったのだ。翠さんは、オイラのお話聞いてくれる。辛かったこと、聞いてくれたんだ。初めてだったのだ」
 私にはそんな人今でもいないけど、朱音にはいたのか。
「オイラの友達は、翠さんだけだ。オイラ翠さん大好きだ」
 朱音の目は真剣なものになっていた。
 私はその時、深く考えることなく朱音の話に頷いていた。

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