エスティーメモランダム
―学園サバイバー―
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私は、中学校の教室にいる。
教室の中を、滑るように移動する。
机の間をするり通り抜け、私は廊下へと向かう。
そこに立ちはだかるのは、大小様々な男子達だ。
奴等は、私を見るなり卑しい笑顔を浮かべる。とても醜い。私は胃がずきり痛むのを感じた。
男子達は、黒い影に見える。その正体は、未熟なくせに歪んで強い武器を持った魔物だ。
武器は私に振るわれる。言葉という形を以ってして。
私の精神が崩れていくのを感じる。黒い影こと魔物達は無遠慮に私の精神を破壊する。
私は殺されていく。
理由。そんなものくだらない。
周囲に美形と評される私が目立ったのだ。眼鏡をかけていて、読書を好むという大人しそうな雰囲気もあった。気を引きたい黒い影は幼稚な方法で、大きな武器を振るい続ける。
不快感が体を蝕んでいく。肺は圧迫され、吐き気をもよおす。脳が不快なあまりに悲鳴を上げる。
学校という閉鎖空間の中では、身分制度が設けられる。
勉強ができない。性格が大人しい。体が小さい。
理由なんていくらでもあって、何よりくだらない。
くだらない人間が作る、くだらない上下だ。
下の身分になったものの行く末は、たかがしれている。学校という世界全てが決まりきってしまう。
閉鎖空間は、私達の世界だ。私達が閉じ込められた世界だ。
低い身分の私は、どん底を這う道を歩く。
廊下へ飛び出し、何処へともつかずに走り出す。
視界が歪む。
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「葵さんって、やっぱり美人さんだねっ!」
あれから、本当に朱音と行動することになってしまっていた。
朱音は相変わらず奇妙な口調だけど、話していたら結構楽しい。
「美人って言うけど、得とかしたことない。むしろ損ばっかでさ」
「そっかぁー……長い髪なのに綺麗だし。顔はキリっとしてて羨ましいよ。オイラはね。こんな顔だからいじめられっこだったんだ」
こんな顔。私は朱音を見つめた。丸い目に外国の男の子のような顔立ち。可愛いけど、気が弱そうにも見える。
そんなことより、聞き流せないワードが朱音から出てきているではないか。
「いじめられっこ?」
「そう。いじめられっこだったのだ」
あまりにも朱音はあっさりと言う。私は不審げな目で朱音を見る。よく観察すれば、朱音の茶色い目はちょっと暗かった。
私の方は、お腹の辺りから不快感が湧き上がっていた。押し込めていた過去が滲み出てきている。
脳内は暗い影に覆われ、息が一瞬苦しくなる。
その瞬間から気がつくと、朱音がきょとんとこちらを見ていた。
「どしたのだ。葵さん」
「いや、私も。私もいじめられっこだった」
そう告白した。朱音の眉が八の字になる。口をぽかんと開けて、悲しそうな顔をした。それから、こくこく頷いた。
「なかまだね。同士ってやつだ」
そんなこと、初めて言われた。大体憐憫の目で見てくるか、ドン引きするかだ。
なかまだなかまだ、と繰り返す朱音に、私は何故だか言葉が進んだ。
「だからこんなに気が強いんだ。強気に行かないと、見下される気がして」
朱音はまたこくこく頷く。私の目をじっと見て聞いている。朱音は、距離も置きすぎず、近付きすぎない感じがした。
そんな朱音に、私はあの友達の言葉を引用して話した。
「やられる前に、やれってね」
こんなことまで話したのは、朱音が初めてだった。
朱音の方は、わかってるのかわかってないのか、同じ言葉を繰り返していた。
「やっちまえってね。うんうん。やっちまえね」
違うとわかってはいても、馬鹿っぽそうに、何も考えてなさそうに見えたから。何故だか話せたんだ、私は。