サディスティックハーフムーン



 桜さんの故郷は、のどかな田舎だった。空が緑の山々に切り取られている。
 桜さんの実家は、確かに豪邸のようだった。桜さん達は、同じ敷地にあるが隅っこの方で、普通の大きさの離れに住んでいる。
 まず、実家へ挨拶に向かった。桜さんのお兄さんが出迎えてくれた。桜さんを助けた時に一度お会いしたことがある。
 奥へと通してもらうと、そこには三人の男の人がいた。
 男の人達は、次々に桜さんの本名を呼ぶ。そして桜さんの元へと駆け寄ってきた。泣いている人もいる。感動の再会だ。
 再会の時間がひとまず終わり、男の人達はまた席へとついた。
「あの、桜さん。この方達は?」
「兄ですけど?」
「お兄さん一人じゃなかったんですか?」
「四人いるんですよ? 言いませんでしたっけ?」
「……聞いてませんよ」
 桜さんは五人兄弟の末っ子だったようだ。
 俺は、挨拶だけしてその場を去った。家族だけで過ごして欲しかった。
 桜さんの伯父さんと伯母さんにも挨拶した。家賃は無料だが、生活費も学費も今まで通り伯父さんが出していたことも桜さんに明かした。俺の親と桜さんの伯父さんは知り合いだった。桜さんの様子は、こちらから定期的に伝えていた。
 俺は駅の近くにあったホテルに泊まることにした。部屋の中に一人きり。頭の中にカウントダウンの音が今までより大きく響く。もうすぐ。もうすぐ終わる。
 脳内で死んでいる少年にもお別れ。こんな俺ともお別れ。

 翌日、俺はとある山へと向かっていた。冷たい風が吹き付けていた。
「春依君」
 名前を呼ばれ、振り返る。そこには桜さんがいた。桜さんは、いつもの黒いワンピースではなく、カジュアルな服装をしていた。
「何処に行く気だ?」
 桜さんが、本当の自分として俺に語りかける。
「ちょっと山登りにでも」
「そっちに山登りする山はないぞ」
「そうなんですか?」
「昔はハイキングコースもあったんだけどな。だから道はあるけど」
「そうなんですか」
「何処か行きたいなら案内するから着いて来い」
「別にいいですよ」
「死ぬなよ?」
 桜さんの眼力が強い。桜さんの眼差しが鋭い。桜さんの言葉が重い。
「何のことですか?」
「死ぬなよ。遥亮君」
 脳が停止する。桜さんから目が逸らせない。驚いた表情のまま硬直する。
「な、んで」
 言葉が途切れる。
「大体は勘だけどね。女の子にしては背が高いなとかね。すずらさんより高いじゃないか」
「女の子じゃないですもの」
「春依ちゃんは女の子なんだろ?」
「何でそう言えるんですか?」
「写真で着てた制服。女子校の制服だろ? あの学校、知り合いが行ってるんだよ」
「…………」
「まぁ、何ていうか。双子の兄の遥亮君だろ?」
「……はい」
 何を言っても、論破できても納得はされないと思った。桜さんが言ってることは事実だ。
「死ぬなよ」
 俺は答えない。
「本当の、春依の話でもしましょうか?」
 ただ、それだけ言った。桜さんは頷いた。


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