遂に来たる、文化祭。風高の文化祭の来場者数はそこそこ多い。
 駅からわかりやすい道順でまぁまぁ近いという立地と、あの装飾と衣装を見に来る人が多いのだ。
 一般公開の前に、オープニング。有志発表と、ミス・ミスターのコンテストがある。
 一組代表になってしまった翼も王子姿で舞台に立った。エレキギターを少し鳴らせるパフォーマンスをして、会場を沸かせた。
 涼は笑いながらこうコメントした。
「あぁーあ。これでまた翼の知名度が上がっちゃった。知らねぇよ」
 やっと一般公開。翼は、クラスでのゲーム担当と、バンド。図書委員会にも入っていて展示があるのでそれの受付。
 他の時間は部活で部誌の販売員と入り浸りと自由行動。
 ゲームの担当は公開時間の最初にローテーションが回ってくる。簡単なゲームを来てくれた客とする。
 一組の装飾は半分が和風というかなんというか「気合」「根性」という習字の紙が貼られていて。
 まぁ、テーマの「男気」を意識した装飾になっている。もう半分は白黒でシンプル。
 それでいて少し豪華な雰囲気を必死に出した感じが見受けられる。
 それぞれ戦闘服と王子の衣装で分けていて、戦闘服の方で一つ、王子の方で一つ。最後に合同でゲームという構造になっている。
 片方がこんなに男臭い感じで女子高生は来るのかと翼は思ったが、何故か女子高生が多かった。
 一応狙っていたカッコよさに惹かれたらしい。おそらく王子側の装飾に惹かれたのだろうけど。
 そして、もちろん翼に。まずクラスの一人が
「今なら一組のミスターがいます!」
 とかいう客寄せをしてしまったから、女子高生がなだれこんだ。
 結果翼はたくさんの女子高生にメルアドを聞かれることになった。そんな時、翼が発する言葉は全て同じだった。
「取り敢えず、文芸部の方に行ってみて下さい」
 部活の宣伝かよ。
「あの、メルアドは?」
「文芸部で売っている部誌に書いてありますよきっと」
 しかも思いっきりの嘘かよ。
 こんな感じで翼はなんとか女子相手にも妙な受け答えで接客できた。涼の入れ知恵である。
 何より一緒に泰則と涼がいたからかもしれない。涼は極力女子が翼に話しかける前に涼から話しかけた。さすが涼。
 しかし彼女もメルアドも全くゲットできないあたりが掟である。正当な流れである。それでこそ文化祭である。
 バンドの方も成功。ギターとキーボードとラップでもできるものである。
 翼が目立ちすぎて自分達を見てもらえないのではというクラスメイトの恐怖から、ヴォーカルは別の人だった。
 しかしそのあがきも空しく、翼は目立った。というより翼親衛隊が目立った。
 翼親衛隊、隊長雫。連れてこられたらしい文芸部女子面々。実質隊員は雫一人。
 他には、噂で翼のことを聞いた女子達大量。
 雫は翼の名前と絵が描いてあるうちわをブンブン振っている。文化祭で忙しい合間によくそんなものを作っていたのである。
 バンドの後は委員会。委員会は受付に座っているだけ。むしろ展示の準備の方がずっと大変であった。
 座ったら今度は部活。部活の方は部員が本部にしている。居場所にしている。
 部活の方は、客が来たら部誌販売。後は客寄せ。
 翼は少し他を見て回ってからずっとそこにいた。
 他の部員も結構いた。部員数がそんなに多くないからとか突っ込んではいけない。

 翼母と翔がやってきた。翼は嬉しそうに二人に駆け寄った。
「あれが……噂の翼マザーか」
「似てないな」
「あんだけ父親似なんだから母親に似るわけないだろ」
 翼は母と翔に展示を説明している。楽しそうだ。
「ここ俺が書いたの!」指差す先には翼の真面目そうな字が。
「翼の字ねー」嬉しそうな翼母。
 まだ話す部員達。
「仲良いなー」
「というかこれで翼家族全員か」
「仲良いなー」
「翼って話聞いてると家族思いだよな」
「マザコンでブラコンかぁ……」
「家族思い、にしてあげようよ」
 平和な光景に一匹の猛獣が。もちろん雫。翼の家族を見逃す訳がない。
「弟、可愛い。ぐふっ」
 ボソッと呟いたと思うと雫は翔の方へと突進していく。そして飛びつく。
「うわぁ!」
 翔は悲鳴を上げた後は完全に怯えて硬直した。「あらあら」と微笑む翼母。雫を剥がそうとする部員一同。そして叫ぶ翼。
「俺の弟に何してんだ!」
 その凄まじい形相に翔の周囲にいた人達が全て離れていった。
「お兄ちゃーん!」
「翔ー!」
 駆け寄る二人。そして抱きしめ合う。
「怖かったよぅ……」翼に縋りつく翔。
「もう大丈夫だぞー」頭を撫でてあやす翼。
「仲いいなー」
「ブラコンかぁ」
「弟思い、にしてあげようよ」
「危ない関係かぁ」
「何処までも変な妄想を発展させないであげようよ」
 そんなこんなで部員達は翼の家族について語り合っていた。

 廊下を通り過ぎていくたくさんの人達。流れていくたくさんの人達。
 たまに通り過ぎるコスプレ集団。そして本物のロリータファッションが稀に。
 翼は母と弟が帰った後、暇になって目で追っていた。販売と受付用の机の椅子に座っている。息をついた。食欲もなく、ぼんやりしていた。せっかくの文化祭なのに気分が悪いなんて、テンション下がる。
 翼は腕を机に乗せて、その上に突っ伏した。
 地元の高校だけあって、同じ中学校だった人を何人か見かけた。
 視界の端から端へ大勢の人が流れていく。単調な流れに意識がそこから遠のく。
 中に入ってくる客もいない。視界に入る光景は翼の意識にまで到達していなかった。
 ただボーっとしていた。考え事をしていた。少し遠くで部員が話している声が聞こえる。
 突然、現われた二人組に意識が視界に引き戻される。
「あ、風矢だ」
 名を呼ぶ声に顔を上げる。中三の時に離れていった、あの友達だった。
「相変わらず暗いな」
「好きで暗い訳じゃない」
「いつまでも引きずるなよ」
 訝しさが湧く。
「何があったか知ってるの?」
「えー、なんかお前、暴れたんだっけ」
 翼は一気に凍りつく。
「知らないじゃんかよ。あの時、同じクラスだっただろ。三年の時は俺のこと友達とか言ってたじゃん」
 震える声で、勢いよく吐き出した。
「お前、今文芸部なの?」
 話を逸らされた。目も逸らされた。
「俺を見てくれたこと、なかったね。今も、昔も。楽しい時だけ一緒にいられればよかったの?」
 ずっと心の奥で思ってたことを告げた。痛いところには触れず、上辺だけ。いつだって目を背けられていた。
「あ、ここにいた!」
 教室の外から、別の男子高校生が呼んでいる。彼もあの時いた友達だ。話していた友達は振り返りもせず、呼ばれるまま立ち去る。
 ――あぁ、どうせ他人事だよな。
 翼は苦笑する。目を逸らされてしまえば、それまでだ。周りは何もなかったように日々を過ごしていく。一人苦しむ自分は取り残されたようだ。
 もしも体の具合がもっと悪かったら、更に学校を休みがちになるだろう。単位が足りなくなって留年したらどうなるだろう。人生は、願わぬ方向へ進んでいくだろう。周囲の人間に全く恵まれなかったら、どうなっていただろう。自分を許すこともできず、果てには自ら命を絶っていたかもしれない。
 傷付けてもいいと決められた魂は、汚されたままの身を一生背負っていくのだ。それでいて身勝手に運命を決めた者には、傷一つ残らない。
 僅かな采配で、翼だってそうなっていたかもしれない。
 そうなっていたとしても、自分を貶めた本人達は何もなかったように生きていくのだろう。何も知らず、知ろうともせず、生きていくのだろう。
 ――なんて残酷な現実だ。
 突き上げる憤りや悲しみが心を焼く尽くす。
 ――……助けて。
「風矢君!」
「は、はい!?」
 唐突に名前を呼ばれた驚きで全てが吹き飛ぶ。
「好きです!」
「は、はい。よく存じ上げております」
 雫だった。相変わらずの告白に反射的に返事する。いつもの勢いに思わず翼は笑ってしまった。
「何を唐突に。いつも唐突だけど」
「ちょっと、風矢君の唇に萌えまして」
「はっ!? はぁ」翼はもう空っぽになった頭で訳もわからず薄っすら笑う。
「兎みたいで、ぐふふっ」
「う、兎。まぁ言われたことあるけど」
「ウチには兎がたくさんいるの。でね、ぐふぐふ鳴くの♪」
「お前も常にぐふぐふ鳴いてるよな……?」
 変な発言なんてもう慣れてきたから翼はさらりと言葉を返す。
 あぁ、なんか勢いで落ち着いてしまった。翼はまた薄い笑みを顔に貼り付ける。
 普段の世界――暗い世界にいることを忘れていられる場所に戻ってこられた。
 落ち着いてきてよく見ると、雫の傍に部員達が集まっている。笑いながら「またか」とため息をついている。
 それから翼は泰則達と話し始めた。何事もなかったような気持ちになれた。一人でいたら大変だったな、と翼はひやひやした。
 公開時間が終わったら、風高生だけの時間となる。翼は泰則とぷらぷらそこらを見て回った。
「翼、具合はどうかい?」
 朗らかな泰則の口調。
「大丈夫だよ」
「ならよかった」
 目を細める泰則。翼の不調に気付いていた。明るくて足元のしっかりした安全な場所に連れてきてもらったようだった。完全に平静を取り戻した。
 パニック撃退法は誰かと話す事か。文芸部の空気だけでも落ち着く。隣に泰則や涼がいてくれるだけでこんなに心強い。なんて、思いながら。
 でも根源そのものは未だ癒えぬまま。心の中に巣食ったまま。

 二日目も最初にクラスのローテーションが回ってきて、またバンドをやり。委員会の受付はなくて、最終的にはまた部活の場所に戻ってきた。
 この日は慎吾が来た。一日目は部活で来れなかったそうだ。慎吾は高校でも陸上部所属で忙しいのである。実は。
「翼!」
 笑顔で駆け寄ってくる慎吾。文化祭前は忙しくていつものように頻繁には会えなかったのだ。
「慎吾!」
 翼も笑顔で駆け寄る。そして熱い抱擁を交わす。またここで部員達の謎の会話が始まるわけである。
「仲良いなー」
「話にはいつも聞いてたけど」
「恋人同士かよー」
「違うだろ」
「翼ってそういう趣味なのかぁ」
「なんかそう見えちゃうけど違うことにしといてあげようよ」
 そんな部員達をよそに翼と慎吾は、それはもうとてもとても楽しそうに会話をし、
「またメールするからな!」
「また泊まり行くからな!」
 とか何とか話して、慎吾は去っていった。部誌も忘れず買ってくれた。
「あぁ、恋人の別れ」
「だから違うことにしといてあげようよ」


Copyright(c) 2011 Kyo Fujioka all rights reserved.