誰にも届かない -nobody understand -

そう。ある時、私は勇気を出して話しかけてみたのです。

あの人は、いつものように空を眺めていました。

『あ……あの……初めまして!!』

突然現れた少女に、あの人は驚いた表情を見せました。
でも、すぐに笑顔になりました。とても綺麗でまっさらな笑顔でした。

『……初めまして』

落ち着いていて、静かで、通った綺麗な声でした。
その人の雰囲気と、とてもよく合っていました。

『あの……リーシュといいます。みんなにはリシュと呼ばれています』

『……リシュ……』

あの人は、私の名前を不思議そうに呟いていました。
その間も、私の目をじっと見つめていました。

『綺麗な……空ですね』

私は、もう何を話していいかわからなくなって、そう言いました。
話したいことが、多すぎると、何を言っていいかわからなくなりました。

『ここから見る空が……好きなんだ』

あの人は、ポツリ、と話しました。穏やかな話し方に心が和みました。
暖かい気持ちになれました。

でも、そこまでで、時間が来てしまったのです。

『あの……また来てもいいですか?』

『もちろん』

あの人は、また綺麗な笑顔を返してくれました。
そして私と友達は、急いで帰っていきました。

『名前訊くの、忘れたね……』

とか言いながら……

あの笑顔が、その人を見た最後でした。

あの日、いつものように空は晴れていました。
晴れている時しか、探検に行かなかったのです。

あの人の家に近づくたびに、私は嫌な胸騒ぎと言うか、嫌な予感が頭に巣食っていました。
何か、とっても悪いことが、起こるかのように思えてならなかったのです。

予感は、当たってしまったのです。

いつもの場所に、あの人はいませんでした。

見えたのは、家の中の兵士達。
それらに立ち向かっていくあの人。

お母さんらしき方と、妹らしき方を背中に庇っていました。

次の瞬間、あの人は、兵士達に押し倒されてしまいました。
それと同時に、あの人の姿が窓から見えなくなりました。

兵士が、ナイフを振りかざすのが、見えました。
ナイフは、きっとあの人に振り下ろされたのでしょう。

また再び掲げたナイフが、真っ赤に染まっていました。
血に濡れていました。

動けない私を、友達が

『……い、行こ……』

と引っ張ってくれました。

少し離れた路地裏で、私と友達は泣きました。
わんわん泣きました。

友達と、走って逃げている時、あの人のお母さんの声が、聞こえた気がしました。
その時、確かにあの人の名前を告げていました。
……気のせいだったのでしょうか?本当に聞こえたのでしょうか?
私にはわかりません。

あの人も、あの人の家族も、みんな殺されてしまったのでしょう。

あの後、一度だけあの人の家に行ってみました。
かすかな期待は、簡単に打ち砕かれました。

あの人は……いませんでした。

十年前、見つけた希望も、失った希望も、あの人でした…………」

長いリシュの話が終わった。
シャイレは、聞いていたのかいないのか。
相変わらず何も言わなかった。

「何も言えなかった、私だから言うのだけど……何も言わなくて……もどかしくとか、ならない?」

「…………」

シャイレは相変わらず、リシュに背を向けたままだった。

「…………」

シャイレは、俯いたまま目線だけリシュに向けた。

「…………」

「何か……話したいこと……あるの?」

シャイレの不可思議な様子からリシュはそう尋ねた。
シャイレは……何か複雑な表情で視線を戻した。

「何でも聞くよ。私も聞いてもらえたし……」

「…………」

唐突にシャイレがリシュのほうを向く。
俯いたまま、また無言を保っている。

「…………シャイレ…………?」

心配そうになるリシュに、シャイレは顔を上げた。


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