誰にも届かない -nobody understand -

「この戦争は、私達に何をもたらしてくれるのですか?」

増え続け、増え続け、会議室の密度が、増していく。
現れた者達が、織り成す雰囲気も増し、重くなっていく。

「列強の名などより、私達は、私達の幸せを返してほしいです」

老若男女問わず、増えていく。
揺らぐ彼らは、蜃気楼のよう。
重役達は、何も話せない。
現れた者達の雰囲気に、のしかかられている。

「窓の外を見てください」

窓の外に、遠くに見えるホープウェイ。
壊された建物。無残に打ち砕かれた生活の跡。
古びた三輪車、銃痕の残る壁。

東に見える、イースタン。
兵士に銃を向けられ、怯える少女。
見つからないように、身を潜める少年。

眼下に見える、アースウェス。
傷だらけで、倒れた母親。
ただ取り残されなす術のない、子供。

「この光景に。風景に。現在に。幸せを見出すことができますか?」

また、密度が増した。

「終戦宣言を、出してください」


シャイレは、必死に外を駆け回っていた。
耳あてつきの帽子のようなものを被っている。
リシュに貸したバンダナは畳まれて、枕元に置いてあった。
それで、口元を隠していた。
兵士に気づかれても、すぐに振り払って逃げていた。

どの道を走っても、リシュは見つからない。
どの路地裏を走っても、リシュは見つからない。
どれだけ捜しても、リシュは見つからない。

必死でリシュの名を呼ぶ。
必死にリシュの名を叫ぶ。

それでも、シャイレの声は、発せられていない。
発せられるのは、微かな息だけ。

路地裏をよく知らないシャイレは、道に迷っていた。
手当たり次第に、走っていたのだ。
目の前に、三方向に分岐する道が現れた。
シャイレは足を止めた。
三方向を眺めて、キョロキョロする。

「空を眺めるといいよ」

そんな時に突然思い出す、ルラの言葉。
どうしていいかわからなくなっていたシャイレは、何か変わるとは思えなかったが上を見た。
バンダナの隙間から、開いた傷跡がチラリと見える。

まっさらな青い空に、雲が流れていく。

シャイレは、意を決して右に曲がる。
また、真っ直ぐ走っていく。

走っていくうちに、少し広い場所に出た。
周りは大きな建物に囲まれていた。
右を向いたら、小さな家がそこにはあった。
誰にも見つからないような場所に、ひっそりとあった。

不思議と湧き出る、既視感。

そんなものに、構っている場合ではなかった。
家の前に、リシュが倒れていた。
すぐにシャイレは駆け寄った。

リシュは、弱弱しく目を開けていて、凄く疲れきった様子だった。
帽子と、口元のバンダナを外した。

『……どうしたんだ……』

シャイレは、必死に心の中でリシュに語りかける。

「もう、戦争なんて終わったよ……」
「…………?」
「みんなに、助けてもらったの。私の力で、死んでしまった人を呼び寄せて。

戦争を始めた人達に、みんなの意見を、少しだけ伝えてもらって……

……戦争をやめるように、言ってもらったの。

私は……みんなの呼び寄せるだけで、精一杯で……何もできなかったけど。」

「…………」
「もう……疲れちゃった……シャイレの声も、よく……聞こえないんだ……」
『……あの力が、よく働かないのか……?』
「いや……使い果たしてきちゃったみたい。」

驚くシャイレ。
リシュは、シャイレのほうを向き、何か言いたそうにして、そのまま目を閉じてしまった。


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