誰にも届かない -nobody understand -

『リシュ……リシュ……!?』

慌てて呼びかけ、リシュの肩を叩くシャイレ。
リシュは、目を開かない。

必死に呼びかける。
それでも、また言葉は声にならなかった。
何度も何度も、リシュに呼びかけた。
一度も、声にならない。

シャイレはバンダナ越しに喉をつかみながら、叫ぶかのように、呼びかける。
どんなに頑張っても声を出せない自分に、苛立っているかのようだった。

リシュは、目を開かない。

シャイレは、リシュの上半身を抱き起こす。
掠れた息の音だけでも届けたいのか、リシュの閉じた目を見て、必死に呼びかけていた。
抱き起こしたリシュを揺すっても、閉じた目が開く気配は見えない。
どんなに頑張っても目を開かないリシュに、シャイレは強い不安を抱いた。
最悪の場合が、頭をよぎる。

『リシュ……リシュ……!』

呼びかけるうちに、シャイレの瞳が潤んできた。
自分の目に溜まってきたそれを、なんて呼ぶかシャイレは知っているだろうか?
シャイレは記憶にはないはずのその感覚にも気づかずに、呼びかけ続けていた。

シャイレの瞳に溜まった涙は、表面張力に耐えられずに、ポトリと落ちた。
涙は、リシュの頬に落ち、伝って流れた。
リシュが、泣いたかの様にも見えた。

「…………リシュ…………!!!」

突然発せられた声に、空気が震えた。
掠れてとてもぎこちない小さな声が、その空間に響いた。

シャイレが、驚いた表情を見せた。喉に手を当てる。
もう一度、声を出そうとしても、声が出ることはなかった。

リシュが、うっすら目を開けた。
シャイレを、見つめる。
シャイレもリシュを見つめる。

「……きっと……」

微かなリシュの声に、シャイレは耳を澄ます。

「……シャイレの……お母さんが、少しだけ声を与えて……くれたんだよ……」

何もできずに、そのまま動かないシャイレ。
リシュは、また瞳を閉じてしまった。


気がつくと、部屋のベッドにリシュはいた。
ベッドの外にシャイレがもたれかかっていた。

「……シャイレ……?」

すぐに、リシュの方を振り向くシャイレ。
リシュは、悲しげな微笑を浮かべていた。

「ごめんね……シャイレの伝えたいこと、聞こえなくなちゃった……」

シャイレは少し間をあけ、静かに頷いた。

「なんだかね……普通の音も、よく聞こえないんだ……

本当は私、耳が悪かったみたい。きっと……私の両親が殺されてしまったあの時から……」

シャイレは、何か言いたそうにリシュを見た。
何を言いたいのかも自分でつかめないまま肩を落した。

「……でも、全然聞こえない訳じゃ、ないから。」

シャイレは、また静かに頷いた。
二人の間を、いつもの静かな時が流れた。


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