サディスティックハーフムーン-Heart Messenger2-


 春依が部屋に入ってきた。

 紺色で薄手の長袖に、白いロングパーカー。
 ジーパンの裾にひっそりリボンがついている。

 俺は横になっていたから、身を起こす。
 春依はムスーっと少し唇を固く締めている。
 多分必死に誤魔化してはいるのだろうけど。潤んでいる目が隠せていない。

 いつも春依が泣いてたらわかるのにな。
 人前じゃ泣かないから、はっきり見るわけじゃないけど。俺にはわかる。
 離れた場所で一人泣いてたって、多分俺は把握している。
 なのに今日は全然わからなかった。俺に余裕がなくなってる。
「どうした?」
 春依は答えない。こんなにわかりやすく様子が違うことなんて今までなかった。
 ちょっと動揺したけど、俺はそれ以上何も言わなかった。
 聞いたところで答える奴じゃないから。

 ついさっきまで体中が痛くてうずくまってみてたのに、今や吹っ飛んでいる。
 春依はノックして、返事も待たずに突然部屋に入ってきて。
 こちらに歩み寄ってきた。

 何も言わずに近寄ってきて、ベッドの上に乗ってくる。
 そして俺の目の前にちょこんと座る。
 俺には目もくれずに、春依は勢いよくこちらに倒れこんできた。
 強い勢いに加えて体の傷まで痛む。

 俺にぴったりくっついたまま離れない。
 そのまま動かず寄り添っていた。

 どうしたんだ一体。

 いつもこっちから近付こうもんなら振り払うのに。
 触れようもんなら殴りかかってくるのに。

 そんな春依が声を押し殺して泣いている。
 しかも俺の胸で泣いている。

 俺はうろたえた。何も言葉は出てこなかった。
 こんなこと初めてで、どうしていいかわからなかった。
 何で春依がこんなに苦しそうなのかもわからなかった。

 そっと抱き寄せた。それでも春依はおとなしかった。
 そのままぎゅっと抱き締めた。やはり春依はおとなしかった。
 そしてやっぱり押し殺したように泣いている。
 さらさらと春依の髪をゆっくり撫でる。

 腕の中の春依の体温が暖かかった。
 どうしても守りたいと思った。
 でも、何故だか安心してしまったのは俺の方。
 少しうとうとしてきた。

 体中を走る鈍い痛みで目が覚めた。
 眼鏡かけたままだった、と思い、次に春依が目に入った。

「起きろ」

 いつもように蹴り起こされた。
 春依曰く、こうしないと起きないらしい。俺は寝たら起きないらしい。
 蹴っても起きなかったこともあり、何度か噛まれたこともある。
 俺を起こせるのは春依くらいだ。

「おはよー……」

 おはよーと返して、春依はとっとと部屋を出て行ってしまった。
 いつも通りの春依だった。ちょっと目が赤かったけど。
 寝ちゃって、きちんと朝起こされるなんてカッコ悪いや。

 どんなに意識を深く落としても、春依が起こしてくれるから大丈夫だ。
 とか何とか、ぼんやりと思った。

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出だしはもちろん「重力ピエロ」な感じで。


読んでいただきありがとうございました。
 

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