Ending

 数ヶ月後。翼はまた慎吾と一緒にいた。翼の部屋のベランダ。大していい景色が見えるわけでもない。家しか見えない。
 ただ、日当たりがいい。夕日が照らす、二人を逆光で。
「俺の文才は、きっと遺伝だ」
「え?」
 突然の翼の呟きに聞き返す慎吾。同じ言葉が聞けないと思った慎吾は別のことを問いかける。
「翼さ、翼の母さんの仕事、実はわかってるだろ?」
「どうだろね。あの職業だけで子供二人育ててんなら凄いよ」
「俺に教えてはくれない訳か」
「誰にも教えちゃいけなそうなんだもん」
 笑う二人。
「で、空野とはどうなの」
「どうもしてない。何もしてない。話すだけ。たまにミスド行く」
「そっか。空野はなんて言ってるの」
「『えぇーまだ過去は乗り越えられないの? 飛びつきたーい!』って言ってる」
「それで翼は?」
「『そう簡単に乗り越えられたら苦労はしねぇ!』と叫んだ」
「そして空野は?」
「いいんだって。待つんだってさ。どれだけかかっても。一緒にいられれば幸せだって」
「そっかぁ……」
「妄想して乗り切ってるからいいんだって」
「そ、そっかぁ……」
 翼は相変わらず。でも、少しは変わった。女子の友達はできたし、雫とは一応恋人同士。
 他の人からすれば友達のようだとしても。
 過去はいつか乗り越えられる。絶対自分は幸せになれる。翼はそう確信している。
 何処かで悲しんでいる人に、苦しんでいる人に、伝えたい。
 こんなに苦しんだけど、自分は幸せになれたと。こんなに幸せになれたと。
 どんなに今が辛くても希望はある。幸せになれる、と。
 そう伝えられる人生を自分は送れる。そう伝えられる小説を自分は書ける。翼はそう確信している。
 檻の外の世界は、色鮮やかで果てしない。
「あ、そうそう。今日は重大発表があって慎吾を呼びました。最初に伝えようと思って」
「え、何?」
 翼は慎吾に耳打ちする。囁かれる重大発表。
「え、カレイドスコープ受賞……!?」
 驚いて叫ぶ慎吾に大笑いする翼。
「え、あれ、本になるの……!?」
 まだ驚いて叫ぶ慎吾。
「表紙は雫が描くらしい」
 驚いたまま今度は硬直する慎吾。翼が雫を下の名前で呼ぶようになったのは少し前からなのでそこには驚いていない。
 雫も翼を下の名前で呼ぶようになったらしい。変わったのなんて、そこだけ。
 翼は、背にしていた外の方を向く。そして、夕空を見上げる。オレンジに光る夕空に向かって小さく叫ぶ。

「父さん。俺はやったぞ。ここからまたやり遂げていくよ」

 ここから始まるカレイドスコープ。
 ずっと彷徨っていた世界、カレイドスコープ。
 俺は万華鏡の中を歩いていく。

 これからも、ずっと。

読んでいただきありがとうございました。
 

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