誰にも届かない -nobody understand -

「…………」

無言で、少年は立ち上がった。
寄りかかっていた壁に、またもたれかかる。
薄いセピアにも似た、どことなくくすんだ世界。
妙に無音が締め付けてくるのに、そのすぐ外では、激しい喧騒が渦巻いている。

少年は、ふと壁から離れて、歩き出した。

廃墟に変わりつつある場所を進む。
この廃墟が町と呼ばれていた頃を少年は知らない。
いつからだかはわからない。もしかしたら、少年が生まれるずっと前だったかもしれない。
イースタンという東の国と、アースウェスという西の国が、争っていた。
南にある、ホープウェイという小さな国を巡って。
少年は、銀髪に薄目の青い目。
容姿はホープウェイ風なのに、服装はアースウェスそのものだった。
ノースリーブの上に長いコートを着ている。腰のところはベルトで止められている。
首には大きなバンダナを巻いている。
いや、拾ってきたかのような白い布を、バンダナのように巻いている。

少年の耳は不意に、悲鳴を捕らえた。

悲鳴の方向に目を向けると建物がある。
窓は割られているし、大きな扉も壊れている。
少年はそっと中を覗いた。

少女、少年と同じ位の年の少女が、数人の男に絡まれていた。
少女は見たところアースウェスの人間だ。
男達はイースタンの人間なのだろう。
少女はナイフを向けられて酷く怯えていた。

少年は無意識にバンダナに手をあてる。
あてながら見上げた。
建物は、1階建てに見えるが、上のほうにも壊れた窓がある。
少年はバンダナから手を離し、コートの下の銃を確認した。

少女は、何とか立っているという感じだった。
目を潤ませて、体を縮こませていた。
空気は止まったかの様に、建物内を取り巻く。
男達は怯えている少女の姿を面白がっているらしい。
だから、すぐに攻撃しようとはしなかった。

突然、止まっていた空気が切り裂かれた。
銃声が響く。
みんな銃声の方向を−上を見上げる。
すると、少年が、階で言うと、2階くらいの位置にある窓から、銃を撃っていた。
見事に男たちに掠らせながら。
当てる気があれば、易々当てることができただろう。
驚く一同をよそに、少年はバッと窓から降りてきた。
着地した衝撃を感じないかのように、少年は、呆然とした少女の手を引いて建物を走り去っていった。

「あ……あの、ありがとう……」
まだ怯えが去らない少女が少年に言う。
少年は何を答えるまでもなく、無表情で歩いている。
少女は、少年に着いていく。
少年は、睨むように少女を見る。
「いやぁ……私行く場所なくて……」
睨んだまま軽いため息をついて、無視するかのように少年はまた歩き出した。
「あの、名前なんていうの?」
「…………」
「私は、リーシュ。リシュって呼ばれてる」
「…………」
少年は表情一つ変えず、無言で歩いていくのに、それが逆に楽しいらしくて、少女−リシュはずっと着いていった。
「静かな人なんだね」
リシュは相変わらず楽しそうに少年に言う。そして隣を歩いていく。
「何て呼べばいいかなぁ?」
リシュは今度は自分に問うように言った。
「…………」
「じゃあ、勝手に決めちゃお!」
「…………」
「シャイレ。シャイレでいい?」

少年は、突然立ち止まり、リシュを見る。睨んだような目のまま。
しかしすぐに、視線を前に戻し、何事もなかったように歩いていった。

「じゃ、シャイレって呼ぶからね」
「…………」

相変わらず、リシュの一方的な会話のみが続く。
シャイレが答えなくても、気にせずに着いていく。

すると突然、リシュは足を止めた。

「待って!!!」
「…………」
また、不機嫌そうに軽いため息をついて、シャイレは、リシュのほうを向く。

リシュは、壁にもたれて座っている、小さな男の子の前にしゃがんでいた。

「どうしたの?迷子になっちゃったの?」
「うぅぅ……」
「……あ、ごめん。言わなくていいよ。」
「で……でも」
「いや、実は私わかってしまったから!」
「え!?」
「ここじゃ危ないから、違う所行こっか!」
「……うん!」

あっという間だった。男の子は、リシュに心を許していた。

シャイレは、待っていた。至極不機嫌そうに地面を睨みながらも待っていた。
リシュが、男の子を連れて、シャイレの元に戻ると、また何も言わずに歩き出した。
男の子は、リシュと手を繋いでトコトコ歩いている。
リシュのほうを見上げて、問い掛けた。

「お姉ちゃんなんでわかったの……?」
「君のお父さんとお母さんが、コルーが一人ぼっちだから、よろしくお願いします。っとおっしゃっていたからさ。」
「!!??」
「あぁ……私は、霊感凄く強いみたい。だから、きこえたのさ!」
「お姉ちゃん凄いねぇ!!」

リシュは楽しそうな笑顔を男の子・・・コルーに向けて、シャイレにまた話し掛けた。

「何処に行くの?」
「……」
「あ、待っててくれてありがとう!」

それだけ言うと、またリシュはコルーと和やかな会話を始めた。
そのまま三人は歩き出した。


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