サディスティックハーフムーン-shower room-
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部屋の隅で、ハルア様が寝ている。
目は覚ましているのだろうけど。
最近、ハルア様は部屋の隅で動かない。
あの事件の後、学校の期末試験だけは気合満々で受けに行き、終わってからはこの調子だ。
期末の気合は試験に対する気合でなく、何とか乗り切る気迫だった。
結果は相変わらず良かったようだけど、いつもよりは落ちていた。
家を出て、今は別宅にいる。
ハルア様は何も言わずに出て行って、私達はそれを追った。
本当は追い返された。でも、あんな様子のハルア様を放っておけなかった。
生きていないかのように、ずっと横たわっている。
あの日、私は春依様に突然ついてくるように言われた。
理由を尋ねても、答えてもらえなかった。
待っているように言われたけど、どうしても不安になった。
だからすぐに追った。
でも、見つけた時には遅かった。
相方の誠司さんも、ハルア様も、私を責めることはなかった。
すぐに見つけてくれてありがとう、と言ってくれた。
気持ちは切り替えないといけない。
今は、ハルア様を助けないといけない。
ハルア様がいつの間にか部屋からいなくなっている。
私がかけておいた毛布だけが、床に広がっている。
毛布を見ている私に気付いた誠司さんが、教えてくれる。
「どうやら、シャワーしに行ったようです」
「そうなんですか」
時間は過ぎる。だいぶ時間が過ぎても、ハルア様が帰ってこない。
誠司さんも不安そうだ。
「見に行きますか……」
「私も行くんですか?」
「……側にいればいいです。万が一覗いたら……」
「……殺されますよね」
そんなこと言いながら、慎司さんはシャワールームに駆けて行く。
「佳夜さん側にいてぇぇ!!」
と、落ち着いた声で言われたので、私も後ろに待機した。
曇りガラスの向こうから、シャワーの音が聞こえてくる。
強いシャワーの音。シャワールームの中で反響して、豪雨のように聞こえてくる。
何でこんなに激しい音なんだろう。
誠司さんが扉を開ける。
細かい水しぶきがこちらに飛んでくる。
シャワーが、床に叩きつけるような勢いで降り注ぐ。最高出力だ。
私からは、ハルア様の髪が見えた。
黒い髪はお湯に覆われたタイルの上に散らばっている。
顔はこちらから見えない。
ハルア様は倒れていた。
背中も少し見えた。
痩せた背中に、痣が見えた。
いくつもいくつも痣が見えた。
青かったり、赤黒かったり、肌が禍々しい色に染まっている。
誠司さんも言葉を失い立ちすくむ。
我に返って裸足になり、ハルア様に駆け寄る。
「どうしたんですか!?」
シャワーを止めて、ハルア様を抱き起こす。
痣は全身にあった。さすがに顔にはなかったけど、全身にあった。
腕に、細い切り傷もあった。まだ新しいのも多かった。
痛めつけられた皮膚から、その奥の心から。
阿鼻叫喚。今までは届かなかった悲鳴が聞こえてくるようだった。
誠司さんが、ハルア様をタオルで優しく触れるように拭いていた。
私は涙が止まらなかった。
こんなに傷ついてまで守ろうとした春依様は今、ハルア様の側にいない。
私が初めてこの双子に会った頃の話。
私は、ハルア様をお坊ちゃまと呼んでみた。
「誰がお坊ちゃまだ。誰が。そんな風に見えるか?」
結果的に、今の呼び名に至っている。
春依様のことはお嬢様と呼んでみた。
結果、ハルア様とほとんど同じリアクションを返された。
二人とも素直にこちらの言うことを聞いてくれなくて、いつも二人だけで行動を決めていた。
良く言えば自立してて、二人だけで何でもこなしてしまう。
でも、頼ることを知らない二人は、いつも各々で苦しんでいたのだ。
ハルア様は、貧血だそうだ。
最近ほとんど食事を取っていなかったんだから当然だ。
病院の片隅で点滴を打たれながら、ハルア様はまだ眠っていた。
点滴が終わるまでハルア様は目を覚まさず、別宅に連れて帰った。
確かに夜も寝ている気配があまりなかった。
その上に、寝ると起きないハルア様。簡単に起きるはずがない。
ハルア様が起きてきたようで、リビングにやってきた。
フラフラと真っ直ぐソファーに向かい、倒れこんで、動かなくなった。
「何か食べたいものとかありますか?」
返答はない。
他に言葉をかけてみても、返事はない。
近寄ってみても、反応はない。
ソファーの前にしゃがんでみる。
じっと私に背を向けているハルア様を見つめる。
誠司さんも隣に来て見つめる。
やっぱり反応はない。
誠司さんが話し始める。
「ハルア様が自分を責めているのはよくわかります。自分で自分を全部否定するから、何も信じられなくなってるのも伝わります。自分なんて誰も好意を向けないって思ったりするんですよね」
誠司さんは独り言のように呟いている。
「何処かで誰かが『大丈夫だ』と言ってくれないと、止まらないんですよ。自分だけじゃどうしようもないんですよね。吹っ切るのは難しい。止め時が見つからないし、キリがない。でも大丈夫です。ハルア様には、ハルア様を大事に思う人達がいますから。わかってると思いますが。許すも許さないも、誰もハルア様を責めませんから。わかってると思いますが」
誠司さんは少し微笑んでから言った。
「ハルア様も、春依様も。私達はずっと大好きですから……。わかってると思いますけど」
誠司さんは照れたように微笑んだ。
ハルア様が、突然こちらを向いた。
「わかってると思うなら、わざわざ言わなきゃいいでしょ」
鋭い視線がこちらを刺している。
いつもの目だ。賢い所為で大人びて見える性格なのに、無邪気で睨むような目。
ちゃんと生きてるって、ここにいるって。そう感じることができた。
ようやく生気を感じる目をしてくれた。
「コンソメでいい」
それだけ言うと、またこちらに背を向けてしまった。
私達は顔を見合わせる。
「カップスープならあったはずですよね」
私は台所へ駆けて行く。自然と笑みが浮かぶ。
久々に私達に向けられたハルア様の声が聞けて、とても嬉しかった。
本人がとても気にしている、ちょっと女の子みたいな声。
低い女の子みたいな声、冷たい口調。
素直に嬉しいなんて言えないハルア様。
誠司さんも私を手伝いに台所に来てくれた。
やっぱり誠司さんも嬉しそうだった。
ハルア様が唐突に外へ行くのは、また別の話。
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双子の妹、春依(ハルア@遥亮の妹)が知りたい方は、本編へ。
二人組みの片方、佳夜さん(今回名前初登場)のお話でした。
読んでいただきありがとうございました。
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