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7.戦隊ヒーローごっこ
幼い頃、僕は戦隊ヒーローに憧れていた。みんなを困らせる悪い奴らをやっつけるヒーロー。僕はそんな正義の味方が大好きだった。
僕は友達とよくヒーローを真似て、戦いごっこをした。あの頃は正義=ヒーローで、強さにひたすら憧れていた。大きくなるにつれそんなヒーローからは関心がなくなり、僕は強いヒーローとは遠い青年へ成長していった。
戦いの場に放り込んだら真っ先に倒される。それが今の僕である。
今でもヒーローには憧れる。だけどあくまで憧れの対象であって、自分がヒーローもしくはそれに近い存在になれるなんて、これっぽちも思っていない。
「チョコクラーブラック!」
「チョコクラーグリーン!」
うわ、また何か始めたよこの人達。二人は僕の家に押しかけ、そして部屋に押し入る。
ブラックがハル君、グリーンが翼だ。ハル君はいつもの黒装束。翼は緑を基調にしたコーディネートだ。レンジャーの扮装はしていない。ただ二人とも帽子を被り、マントをしている。何処から持って来たんだ!
それにしても何故いつもタッグを組んでいるのだろう。二対一。僕を驚かせたり嘆かせたりするために二人は協力し、力を出し合っている。本当にやめてくれ! 二人は僕が喜んでいると思っているらしい。二人からは絶対離れられないし、二人が大好きだけど、喜んでいません! これは声を大にして主張しておきたい。
翼は手に小さなラジカセを持っていて、ポチッとボタンを押す。勇ましい音楽が流れ始める。イントロが終わると、二人は歌い始めた。これはまさか……
「誰の為に君は戦う! 音楽戦隊チョコクランジャー」
テーマソングだー!! 相変わらずがっつり作りこんでいますね! 「全力でくだらないことをする」それがチョコレートクランチなのだ。
「さぁゆーちゃん、チョコクラオレンジに変身するんだ!」
それでもって、その「全力でくだらないこと」に僕も巻き込まれていく。変身しろと言われましても。
「チョコクラオレンジ、変身!」
戸惑う僕を構わず、二人は僕の服を脱がしにかかり始めた。ややややめろ!
「君達、自分が脱がされるのは嫌がるじゃないか!」
「ゆーちゃんならいいよ」
「ゆーちゃんだったらいいよ」
またそうやって人をおちょくりやがって……! その間にも僕は二人に脱がされていく。ここが僕の部屋でよかった。だって傍から見たらどんな光景だよ!
「おぉ……相変わらず細い……細い体……」
「翼さん恍惚としないで怖い!」
若干うっとりと手で触れないでください。
「ちゃんとご飯食ってるのかよ。何故甘いもの好きなのに肥えない」
「いやハル君だって細いですからね!?」
「背が小さいからですぅ」
「ハル君何キロ?」
「よ……ごじゅうにきろくらい、でしょうか……」
今絶対四十って言おうとした。五十二も軽いわ。
「俺ギリギリ六十あるー!」
翼さんも何か主張を始めた。翼さんは骨格も筋肉も綺麗なので、見た目はとても整っている。因みに僕はギリギリ六十キロない。
「いいんですか、ヒーローがこんな貧弱会議してて、いいんですか? 確かに翼は喧嘩とか強いよ? だけど残り二人が完全に戦闘向きではないじゃないか」
翼はあれこれ護身術をやっていたらしく、こう見えて異様に強い。対して小柄なハル君と、この弱々しい平和主義の僕だ。戦闘能力が偏りすぎだよ。
橙色を着せられ、「チョコクラオレンジ」にされた僕に、ハル君がいつものように得意げに言う。
「果たして戦うだけが、ヒーローでしょうか?」
あの頃の俺の世界は、色彩を失くしていた。何も感じなかった。ただ絶望を抱えていた。
本ばかり読んでいた。本の世界に逃げていないと、耐えられなかったのだ。大好きなロックの音楽を流し、読書に没頭していた。
本当は泣きたかった。本当は怒りたかった。だけど当時の俺は、そうやって抑え込んでいることにすら気付かなかった。
本の中の主人公は、笑ったり、涙を流したり、怒りに燃えたりしていた。別の本の主人公は敵と戦っていた。
幾度も試練を乗り越え強くなっていき、最後は幸せになるのだ。
当時は単純に物語を楽しんでいるだけだと思っていた。でも今思い返すと、物語に感情移入することで自分を保っていたのだ。
途方もなく孤独だったけど、俺の世界にはたくさんの本とその登場人物達がいた。だから、寂しさをどうにか紛らわすことができた。
あれから慎吾に助けられて、俺は色のある世界に戻ることができた。それからも俺は本と共に生きている。
本は世界を広げてくれる。いつだって俺を前へ前へと導いてくれる。俺は先へ進んで行ける。
無彩色だったあの時を思い出すと、今も辛くなる。だけど、それと同時に思い出す。その時大好きだった本達のことを。
色彩のないその記憶の中、たくさんの本達だけが鮮やかに色づいている。
その有彩色はずっと俺の味方だった。
そう。俺のヒーローだ。
全部から逃げ出したかった。ログアウトしたかった。ただひたすらに毎日が嫌だった。
周囲にあるもの全てに憤っていて、全てが大嫌いで、鬱屈を溜めに溜めこんでいた。発狂しそうとすら思っていた。
全部から逃げ出そうとした。ログアウトしようとした。でも結局しなかった。
オーディオから、音楽が流れている。優しいメロディーが心を優しく包む。
大好きなアーティストの歌だ。これを聴くために今生きていると言っても過言ではない。この音楽が正気を繋ぎとめていた。
もうすぐ彼らのライブがある。それまでは生きる。
取り敢えず今日をこうして乗り切る。今日を乗り切れば明日が来る。そしたらまたCDを聴いて乗り切る。それの繰り返しで、ライブまで乗り切る。
大丈夫、まだやれる。
彼らの歌で励まされ、毎日をやり過ごしていた。大嫌いな学校にも何とか通い続けた。
彼らは光で、この真っ暗な世界の道しるべだった。
数年後、唯一彼らよりも大事なものを失いかけた。一緒に彼らを追いかけていた相方だ。
一人で彼らを追うことが後ろめたく、一時期距離を置こうとしていた。
でも、最終的には彼らにまた救われた。相方も救われた。二人でまた歩き始めた。
彼らはいつだって俺達を救ってくれた。俺達のヒーローだった。
そしてそれはこれからも変わらない。
「ゆーちゃんのヒーローは誰ですか?」
ハル君がまた問いかけてくる。
「うーん。小さい頃は戦隊ヒーローが大好きだったから、それかな」
僕はレンジャーな二人を見て、幼き日のヒーローごっこを思い出していたのだ。
「可愛い答えだ」
相変わらず褒められているのか、貶されているのか、わからない。
「お二人はどうなのさ」
すると二人は待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「尊敬する作家さんとか、本の登場人物達です」
「俺は勿論、歌のお兄さん達です」
とても納得した。二人がずっと本や音楽に救われてきたことは、僕も知っている。
「俺達も、そんなヒーローを目指しましょうよ」
「そんなヒーローですか」
「俺達ができるのは、小説書いたり楽器鳴らせたり歌ったり音楽作ったり悪戯をすることでしょう?」
「僕は悪戯されているだけですけどね!」
「世界を救いたいとか大それたことは言いません。ただ、誰かのヒーローになれたら、それはとても素敵なことだと思うのです」
あぁ、今回の戦隊ヒーローごっこにはそんな意味が込められていたのか。
「よしわかった。ヒーロー目指そう!」
僕は高らかにそう言った。
僕達が救われてきたように、僕達も誰かを救いたいのです。
世界を動かすとか社会を変えるとか、大きなことはできないだろう。
でも誰かの心に一つ喜びを灯せたら。
それだけで、十分なんだ。
それが、チョコレートクランチの一番の想い。
「おし! それではまず、愛しののんちゃんに『僕が君のヒーローだよ』宣言をしてきましょう!」
はい?
「ゆーちゃんは、のんちゃんのヒーローだもんね!」
え、いや、うん。確かにのんちゃんのヒーローでありたいような、気も、するけれど……
「何処にそんな宣言をする人がいましょうか!」
「だからゆーちゃんが初めて宣言するんだよ」
「嫌です。そんなこっ恥ずかしいことできる訳ないでしょ!」
「そうだな。宣言なんてしなくても、既にゆーちゃんはのんちゃんのヒーロー、ですからね!」
うわぁ、また綺麗な感じにまとめられている。僕は頬が熱くなって俯く。
「冗談だよ! そんなに照れないで!」
照れさせようとしているくせに、何をおっしゃいますか。
「でもね、これは本気ですからね」
そしてまたラジカセのスイッチを入れた。流れる勇ましいテーマソング。
「俺達は音楽戦隊チョコクランジャー……」
「あなたの為に、俺達は奏でます!」
幸せを届けるヒーローでありたい。
それが僕達チョコレートクランチ!
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