6.馬鹿と馬鹿と馬鹿

 立て込んでいたレポートが終わって、ほっと一息。健やかな気分でいたところから今回の悪夢が始まる。
 いつものようにチョコクラで集まっていると、二人から珍しい依頼をされた。
「ゆーちゃん。絵を描いてくれないか」
 CGで女の子を描いてほしいとのこと。それから外見や服装など、事細かく指定された。黒髪ショートで眼鏡をかけた強気そうな女の子とのこと。

「何に使うんだい?」
「いずれわかります」
 何度聞いても使用目的は教えてもらえなかった。でも僕は健やかな気分だったので、引き受けた。
 指定された女の子を描いて渡した。二人はとても喜んだ。
「さすがゆーちゃん!」
「期待以上の働きを見せる!」
 僕は素直に嬉しかった。絵は得意だから、それで喜んでもらえるのは幸せだ。ところが翌日、二人から出てきた言葉はとんでもないものだった。
「次はこれお願いしますね」
 渡されたのは、紙の束。紙には僕が描いた女の子(コハルと命名されていた)が、様々な構図でシャーペンで荒く描かれていた。
 多分ハル君が描いたのだろう。そして時々合間に崩れた絵が入っている。多分翼が描いたのだろう。どうにか僕に描いてほしいものは伝わるけど、何故翼が描く必要があったのか疑問にも思う。
 翼はともかく、ハル君は絵が得意なのだから自分で描けばいいのに。
「これもまた色つきでお願いしますね」
「え、これ全部僕が描くの!? この絵のままじゃ駄目なの?」
「これは構図の下書きですから」
「この量は無理あるよ!」
 全部を描き直して、色まで塗るとか凄く時間がかかる。それに来週辺りからまた授業とバイトが忙しくなるから、それまでには終わらせねばならない。
「ゆーちゃんにしか頼めないんだよ」
「お願いしますよー」
 うぅー。二人の懇願に僕は弱い。それにちょうど今時間が空いているのだ。来週だったら忙しいけど、今ならできる。
「……わかったよ」
「ゆーちゃん大好きー!」
 ため息交じりに返事をすると、二人が満面の笑顔で飛び掛かってきた。お前ら普段はそんな可愛らしいことしてこないだろ! どうしたんだ、本当に!

 それからの僕は、締め切り間際の漫画家状態だった。夜を徹して絵を描き続けた。
 二人の喜ぶ顔を思い浮かべて耐えた。後はのんちゃん。来週の忙しい合間に、のんちゃんとデートをするのだ! だから来週は楽しみでもある。
 それにしても、本当にこんなにたくさんの絵をどうするつもりなのだ。奴らまたろくでもないことを企んでいるのではないか……怖い怖い。

 どうにか今週中に完成させて、二人に渡した。二人はまたとても喜んだ。
「ねぇ、僕頑張ったんだから、何に使うか教えて下さいな」
「いずれわかりますって」
 僕はむぅ、とむくれる。こんだけ働かせといて、目的を教えないとか、やはり貴様らは鬼だ! 鬼!
「あ、今日はもう帰りますね。練習できなくてごめんなさいね。何処かの誰かが寝かせてくれなかったから、倒れそうなんだよね」
 僕は皮肉全開で言い放ち、よろよろその場を後にした。
「ゆーちゃん怒らせちゃったかな? まぁ、いっか」
 いいのかよ! ハル君の言葉に、僕は本格的に泣きそうになった。

 家に帰って、僕はまず睡眠を取った。それからチョコクラのサイトを開いた。最初は今までの活動履歴が書かれたシンプルなサイトだったが、ファンクラブが立ち上がり、アーティスト公式サイトのような情報量になった。勿論作ったのはハル君だ。そのトップページに、いつもとは違うものを発見した。
 コハルだ。
 アイコンになっていて、それをクリックする。
 出てきたのは、コハル特設ページだった。
 僕が最初に描いたコハルがででんと大きくページを占めていて、軽いプロフィールが添えられていた。
 それから、動画が貼り付けられていた。再生してみる。

「コハル☆日和」

 ポップな音楽が流れ始める。PVと思われるその動画の絵は、僕が大量に描かされたそれでできていた。コハルが様々なポーズを決める。
 歌も入っている。間違いなくこの声はハル君だ。持ち前のハイトーンとキーの高さを活かして見事に可愛い女の子を演じている。
 多分作曲したのは翼だな。普段から作曲するのは翼と僕なので、消去法で翼だ。
 打ち込みで作ってあり、なかなかのクオリティ。働いていたのは僕だけではなかった。ただし、僕に合意はなかったけどな……!
 うん、待てよ? これはサプライズなのではないか?
 サプライズという楽しい表現は違うな。ドッキリだ。いつもの! チョコクラはただのロックバンドではない。「楽しいこと」をするのが目的だ。その「楽しいこと」には、「ゆーちゃんを可愛がる」という名目で僕を驚かせ続けるという、性質の悪すぎるものが入っている。
 くそぅ……またハメられたような気分だ。悔しい僕の脳内で、不意にぱっとあることが閃いた。僕はにんまりとしながら、それを実行した。

「ちょ、コハルに仲間ができとる!」
「コカゼとコユト、近日公開! どういうことだ!」
 結果僕は二人への仕返しを成功させた。新キャラを増やし、二人がまた作曲し、歌を歌わなければならない状況に追い込んだのだ! これからまた作曲するのは大変だろうし、ハル君も声にレパートリーはそんなにないだろう。だが、サイトトップには大きくコカゼとコユトがいて、「近日公開」の文字がある。画像を差し替えさせてもらったのだ。
 さぁ、どう出るか。僕はわくわくしていた。
「飼い犬に手を噛まれた……」
「飼われた覚えはないね!」
「買われたのは実力だというのに、なんという……」
「犬でもないしね!」
「ダックスフントみたいな顔してるのに……」
「すぐに具体的な犬種が出る辺り、普段から思ってたな!」
 ふん。今の僕は何を言われても痛くも痒くもないね!
 しかし、そんなことで終わるはずがなかったのだ。

 だって、チョコレートクランチだもの。

 一週間後。僕の授業やバイトの予定が落ち着いた頃だ。コカゼとコユトの曲が完成していた。二人のデュエットだ。二人分ハル君が歌っているようだ。動画部分は僕が描いた画像で固定されている。そして「近日公開」の部分が、このように変わっていた。
「PV近日公開!!」

 嫌な予感しかしなくて行きたくなかったけど、僕はまたチョコクラの集まりに出向いた。悪魔の笑顔をした二人が出迎えてくるかと思ったけど、いたのはまるで普通の美男子のような翼だけだった。(外見は普通の美男子だが、中身は普通ではない)
「やぁ、ゆーちゃん」
「やぁ」
「ハルももうちょっとしたら来るでしょ。ゆーちゃん、レポートとか終わった?」
「無事終わったよー」
 しかも無難で平穏な会話が続く。何となく気が抜けて、ふぅと息をつく。
「じゃあ時間にも余裕ができた感じか」
「そうだね」
 翼の優しい笑顔に、僕も笑顔になる。
「その時を待っていたー!!」
 叫び声の後、突如流れる「コハル☆日和」。現れた声の主はハル君だ。大きなヘッドフォンをして黒いワンピースを着たハル君、いや、コハルだった。
「この人コスプレしよったぁー!!」
 僕が描いた通り、裾広がりな肘までの袖、タイツに指出しアームウォーマー、ロングブーツ。確かに普通の女の子の格好だけども……。
「えぇぇ、そんな、そのままの服なんて売ってたの!?」
「It's Order Made!!」
 素晴らしい発音だ。じゃなくて、何やってんだ……!! 何処で発注できるんだそれ!!
「人脈があるものですから」
 そう言われちゃ何も返せないね!!
「さてゆーちゃん。次は勿論、これを描いてくださるんですよね?」
「うわ、やっぱりそう来たか」
 渡される紙の束。コカゼとコユトのPV用の下書きだ。
「だってねぇ? 時間に余裕ができたんだもんねぇ?」
 無難で平穏な会話すら仕組まれているとは……僕はもう何を信じていいのかわからない。
「ゆーちゃん、コハル描く時、俺のこと考えてたでしょ」
「え、何でだよ!」
「肌の露出がない。アームウォーマーも手の甲覆ってるし、タイツだし」
「だって、黒髪でショートで眼鏡で強気とかハル君しか浮かばないよ」
「ほぅ、認めるか。俺はゆーちゃんの中で、こんな風に映っていたのか。ゆーちゃんはこんな目で俺を見ていたのか。こんなワンピースを着せてみたかったんですね。俺にこんな可愛いワンピースを、着せて、みたかったんですね」
 畳み掛けてくる。やめて、恥ずかしくなってきたよ!
「ゆーちゃんはワンピースがお好きなんですね。のんちゃんがいつも着ていると言ってましたね。ゆーちゃんはワンピース萌えなんですね。承知しました」
「何を承知したんだ!」
「コカゼとコユトもワンピースだもんね。ゆーちゃんの趣味、いやフェチがよぉぉーくわかりました。ありがとうございます」
「何にお礼を言ったんだ!」
 やめて恥ずかしいよやめて。うん? もしかしてこれは……
「そこまで仕組んでたんですか?」
「当たり前じゃないですか。コードネーム『チョコレートフォンデュ』。目的はゆーちゃんの趣味、いやフェチを探ること」
「チョコレートフォンデュって何?」
「コハルとコカゼとコユトのユニット名に決まっているではないか」
「あはは! 可愛らしいね! あはは!」
 何かもう僕は笑うしかなかった。今更プライドも恥も何もないよ! 怒りすら通り越したよ!
「ゆーちゃん壊れちゃった」
 ちょっと焦ったような口調で翼は言うけど、それ以上に楽しそうな口調であった。
「反撃してきた時はさすがの俺達も驚いたよね」
 笑いながら言う翼は、本当に驚いたのかどうか甚だ不明だ。
「俺達に勝とうなんざ百年早い」
 断言するハル君。服装可愛くしたって、中身は全く可愛くないね!
「今度俺もワンピ挑戦するから許してね?」
「翼までコスプレしないで下さい! というかそれで許されると思わないでね!」
「えーでもゆーちゃん、さっきからハルのことちらちらちらちら見てるよ?」
「見てないよ!」
「まぁ、のんちゃんには到底敵いませんからね」
 二人はとても素敵な笑顔を浮かべた。輝いている。恐ろしい……!
「君達はSだ!」
「何を今更」
「おかしい!」
「褒め言葉です」
「馬鹿だろ!」
「その馬鹿にゆーちゃんは振り回されているのか……可哀想に」
「いいですよ、僕も馬鹿で、君達も馬鹿だ!」
「いっやー楽しいね! 馬鹿をやるのが青春じゃないか!」
 また綺麗にまとめられている!
「俺、青春って言葉大好き!」
 翼まではしゃいでいる。駄目だ。こんな楽しそうな二人に僕は抗えない。

 チョコレートクランチは、本日も馬鹿絶好調です。


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