1.ちょっと暇だし尾行でもするか

「こちら風矢。ゆーちゃんゲーセンに入りました」
「こちら古都野。確認しました」

 というやり取りを隣同士でしている二人組。一人は長身で眉目秀麗な青年。一人は小柄で眼鏡。性別はわかりかねる。
 UFOキャッチャーの陰に隠れた二人の目線は、一人の青年、ゆーちゃんに注がれている。素朴で穏やかそうなごく普通の青年である。そのゆーちゃんは、真っ直ぐと一つのゲームへ向かう。そのゲームには画面、手元にはいくつかのボタンがあり、内容は落ちてくるコマンドと流れる音楽に合わせてボタンを押すというものだ。通称音ゲー。
 百円玉を指先だけで入れ、ゆーちゃんはゲームを開始した。
 迷いもせずに上級者向けを選び、手慣れた様子で曲を選んだ。アップテンポな曲が流れ始める。画面ではたくさんのコマンドが雨のように降り注ぐ。ゆーちゃんの手が指が、素早く動く。
 監視中の二人はぽかんと口を開けた。
「プロかよ」
「廃人かよ」
 曲が終わる。ゆーちゃんはふぅ、と息をつく。
「フルコンボかよ!」
「パーフェクトかよ!」
 囁き声の叫びが連なった。もちろんそれに気付かないゆーちゃんはランキングに名前を打ち込んで、颯爽とその場を後にした。二人はゲーム機に近付き、画面を覗く。「YU-TO」と書かれた名前が華やかに踊っている。
「一位かよ!」
「恐ろしい子!」
「さすがベーシスト……リズム感すっげぇな……」
「さすがチョコクラトップの実力者……」
「やっぱり俺達の推測は間違っていないようだな……」
 二人は目線を合わせ、にやーっと微笑む。とてもいい笑顔であった。ゆーちゃんの方は、次のゲームへと移っていた。先程のボタンがドラムの形になった、またこれも音ゲーであった。ドラムを叩いてコマンドを入力していくゲームだ。
 やはりゆーちゃんは迷いもせず上級者向けを選び、曲を選んだ。曲が始まり、ゆーちゃんの腕がしなやかに動く。ドラムスティックを持った手が、なめらかにリズムを刻んでいく。同時にバスドラにあたる足の部分もしっかり踏み込まれる。
 そして曲が終わり、ゆーちゃんは再びランキングに名前を打ち込んだ。トップに輝く「YU-TO」。
「何者だし!」
「も、チョコクラのドラムとベース兼ねさせてもいいんじゃないのか!?」
 次にゆーちゃんは小さなUFOキャッチャーで、これまた鮮やかにぬいぐるみを取った。小さな可愛いうさぎの人形である。
「確定だな」
「ゆーちゃんは今度、ここにのんちゃんと来るんだな」
「今日は下見だ」
 二人は頷く。ロックバンドチョコレートクランチのベーシストゆーちゃん。二人が悪戯という性質の悪すぎる愛情を注ぐ、ゆーちゃん。ゆーちゃんは少女のんちゃんに想いを寄せていて、その純情は二人の格好のネタである。今日ゆーちゃんが週末に迫ったデートの下見に来ると予測した二人は、その後を尾行していた。理由は単純である。
 暇だったからだ。
 正確に言うと二人とも忙しいことには忙しいのだが、この素敵なイベントのためにはどんな手段を使ってでも時間を空けた。
 少なくとも心が暇だったからだ。
 チョコレートクランチはただのバンドではない。活動内容は「楽しいこと」。その中でも活発なのが「ゆーちゃんを可愛がる」ことである。(無論ゆーちゃん本人は迷惑に感じている)
 ゆーちゃんはゲーセンを離れ、文房具屋へと足を運んだ。二人もこそこそ後を追う。ゆーちゃんはどうやら便箋を探しているようだった。可愛いものを手にとっては、じっと眺める。
「どうやらのんちゃんにラブレターを送るようだな」
「これは面白い」
 便箋を購入したゆーちゃんの足は、カフェのチェーン店に向かう。クリームが乗って甘そうなラテを頼んで席に着き、ゆーちゃんは便箋を取り出した。もちろん尾行の二人も店内の隅に座っている。店員が不審げな目線を向けているが、そんなことで折れる二人ではない。
「何と……! ラブレター執筆の瞬間に立ちあえるのか!?」
 ゆーちゃんは滑らかにペンを走らす。
「……イラスト?」
「イラストだなぁ」
 ペンは鮮やかに紙上を埋めていく。どうやらキャラクターを描いているようだった。
「ゆーちゃんの世界の住人だ」
 それはよくゆーちゃんが描いている自作のキャラクターだった。するすると完成度の高い絵が描かれていく。
「ハル、俺はね」
 長身の青年が、眼鏡のハルに語り始める。
「絵が描けるという概念を理解できないんだ……」
「……何をおっしゃい始めますか」
 ハルは、理解しがたい、という表情をした。
「どうしてあんな風に描けるんだ。どうしてあぁなるの」
「翼の絵だって、どうしてあぁなるのかとても知りたい」
 ハルは長身の青年、翼の絵、もとい迷作を思い出す。
「不思議だよ、翼は。描こうとしたものにはちゃんと見えるんだよ。見えるんだけど、何だろう、この表現し難いインプレッションは」
 味のありすぎる翼の迷作がハルの脳内を泳ぐ。
「俺はハルがどうしてあぁ、絵が描けるのかもわからない」
 ハルも絵が得意である。だが、
「そして何故シュールなイラストしか描かないのかもわからない。画力をどうしてそこに、って部分にしか注がない……才能の無駄遣い……」
 無表情にラジオ体操しているスーツのサラリーマンが並ぶ、というハルの迷作が翼の脳内を泳ぐ。
「あれだ。翼がどうしてそんなに文章上手いのか、とかどうしてピアノとギター弾けるのか、と一緒だ」
「わかりやすい」
 翼は文学少年でもある。それもかなりディープかつハイレベルな。チョコレートクランチではギターを担当している。
「そして勉強もできて顔も整ったパーフェクトボーイに見えるのに、あんな摩訶不思議な絵を描くから本当に謎だ」
「誰にでも得手不得手があるんですよ、ハルさん」
「お、遂に文を添えるようだ」
 出会って間もない頃、ゆーちゃんと翼がハルを尾行したことがある。ハル曰く、五分経たずに気付いたらしい。だが懸命に便箋を埋める目の前のゆーちゃんは、一切尾行に気付かない。

 またのんちゃんと楽しい時が過ごせたらとても嬉しいです。

 綺麗な字で書かれたその文面を見て、尾行の二人は撃たれた胸を押さえる仕草をした。
「どうして! こうも! ゆーちゃんは俺らの心を掴むのが上手い!」
「これは勝てません。文豪風矢翼もこの手紙には勝てません」
 ゆーちゃんが掴みたいのは二人の心ではない。
 しばらくラテをすすりながらのんびりしたゆーちゃんは、カフェを出て帰路についた。
「ミッション完了!」

【手先が器用で、人間不器用!】
 尾行の二人はその後、ミッションをレポートにまとめた。レイアウト、文章、構成、どれを取っても素晴らしすぎる出来であった。
 才能の無駄遣い。如何にその持てる才能を要らぬ方向に使うか。それがチョコレートクランチのアイデンティティ。

 翌日、学校で三人が集まった。
「ゆーちゃんって、デートの下見する派?」
「え、いや、その、やっぱりのんちゃんには喜んでほしいし……」
 デートの下見に派があるのかどうか、そして何故いきなり弁解を始める、の突っ込みにも気付かない動揺っぷり。
 二人は例のレポートを見せた。チョコレートクランチのルールには、「悪戯は隠れてやらない」がある。
「ちょおぉぉ! 何やってんだアンタら!!」
「何って、ゆーちゃんの恋路を温かく見守る会だよ」
「じゃ、じゃあさ……このデートプランでのんちゃんは楽しいかな?」
 少し俯いて頬を赤らめるゆーちゃん。と、再び撃たれた胸を押さえる仕草をした二人。
 恥じらいやプライドといったものを超えた、ただ真っ直ぐなその想い。
「チョコクラは幸せクリエイターなんだろ? のんちゃんに幸せをあげたいんだ」
 ぱたっと身を倒す二人。降参。そしてすぐに身を起こし、姿勢を正す。
「ゆーちゃんのその気持ちが、一番のんちゃんを幸せにします」
 翼の言葉に目を輝かすゆーちゃん。
「ありがとう!」
「ふぅ、これで俺達の悪戯は親切に変わった訳だ」
「いやそこは変わってねぇよ」
 ハルの言葉に素早く突っ込むゆーちゃん。
「まぁまぁ、ゆーちゃんのカッコいいとこ見せられたら、のんちゃんも惚れ直しちゃうよ」
 翼の言葉に背筋を伸ばすゆーちゃん。
「でも、二度と尾行とかやめてください!」
 ゆーちゃんは背筋を伸ばしたまま、高らかに声を上げる。
「ちっ、スルーできなかったか……」
「そこ逃がしませんよ」

「やっぱりチョコレートクランチは幸せクリエイターじゃなくっちゃね!」
「うんうん、だから二度と尾行はやめてくださいね」
「ちっ、煙に巻けなかったか……」

 チョコレートクランチは、今日も絶賛活動中。


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