7.どうしてもほっとけない悪友

 大学に入って、初めて出来た友達。
 席が偶然隣り合って、気も合ってしまった。
 僕とは全然違うタイプだと思うけど、テンポが一緒というか、波長が合うのだ。

 出会ってまず、その綺麗な顔立ちに驚いて。静かで、何かを無言で背負ってるみたいな、不思議なオーラに惹かれて。
 目が大きくて。口元が何というかもふもふとしていて。こちらを一瞥した時、瞳が綺麗に輝いたから。
「あのっ、僕っ、川越っ、川越祐斗です!」
 まず名乗ってしまった。人見知りな僕は上手な話しかけ方なんて、わからない。
「風矢、翼と申します。よろしくねっ」
 かざや、つばさ。翼は丁寧に返してくれた。後程聞いたところ、翼の方も僕が気になったらしい。
 大人しそうで、話しかけやすそうだったという。
 それから、僕達二人は意気投合。一緒に行動するようになった。


「ゆーちゃん、ご飯何食べたい?」
 友達、翼は僕に語りかけてくる。
 早口だけど、穏やかで落ち着いた語り口調が僕には安心できる。
「どうしようね」
 翼と二人で、学校の外を歩く。
 春の麗らかな空気。ほんのり暖かい。僕はそんなお散歩日和が大好きだ。
 そんな僕達の目に、一人の影が目に入る。
 影に見えたのは、その人の服装が黒で統一されていたから。
 影は通路の端を歩いている。歩き方は心なしかよろめいていて、一度などがくりと揺らいだ。
「俺、あの人知ってるかも」
 翼が突然言う。目線は影の人に向いている。
「何かさ。いつもあんな感じなん。ふらりとしてて、倒れそうなんだ」
「うん……」
「普通を装ってるし、誰も近付けない感じだね。話しかけられても無視してる。いつも一人だ」
「ワケアリ?」
「まぁそうなんじゃないかな。ワケアリ」
 翼は目に心配の色を滲ませている。優しい目、表情を陰らせながら目線を当てる。
 それから翼は驚くべきことを言った。
「声、かけてみよっか」
「えっ!?」
「話しかけるんだよ」
「いやっ、だって、誰も近付けないんでしょ!? その、ワケアリ?」
 僕が必死に止める言葉を口にしたら、翼はそっと笑って言ったんだ。
「まぁ、そこは問題ない。俺も……ワケアリだし?」
 前から思ってた。翼は他の人とちょっと違うって。
 だって、女の子を物凄く怖がったりする。出会って日が浅いのに、それがひしひし伝わってくるのだ。せっかくイケメン、なのに。
 翼の、異性に対する異様な恐れようを思い出していたら、翼はもう声をかけていた。
 いきなり話しかけた言葉がこれだ。
「何か気が合いそう」
「はい?」
 翼の言葉は、その人の目を見て出てきたのだろうか。顔を見つめながら、翼はそう言ったんだ。
 相手の方はというと、案の定訝しげな顔で翼を見ている。当然っちゃ、当然だと思う。
「よろしければ、お昼でもご一緒しませんか? 俺は、風矢翼といいます」
 翼は柔らかく微笑んだ。やっぱり、翼は不思議な人だと僕は思った。
 だって、黒いその人は足を止めてるんだから。翼の話から、会話は始まらないとさえ思っていたのに。
「連れというか、もう一人友達もいるけど。大人しくて優しい、いい人だよ」
 黒い人は何も答えてないけど、唖然とした表情をしていた。当然っちゃ、当然だと思う。
 次の瞬間、今度は僕が唖然とする表情になってしまった。

「仕方ないな。一緒してやろうじゃないか」
 そう言ったのは、黒い人だった。低めの女の子みたいな声だと思った。
 よく見れば、顔立ちも中性的で、男女の区別が判断しにくかった。
 背は僕達二人より、結構低い。細身で小柄だ。僕達二人はちょっと見下ろしている。
 黒い人は、いきなり僕の方を向いた。驚いた目をしているであろう僕を、黒い人は手招いた。
「この子は川越祐斗。ゆーちゃんって呼んでる」
 翼が自己紹介と、僕の紹介をする。
 黒い人は、今までの冷たい表情を笑顔に変えた。何かを企んでいるような、にやにやした笑みだった。
「俺は、古都野。古都野春依」
「ハルイさんか」
 翼も嬉しそうに微笑んだ。僕はまだぽかんとしていた。口は開いてないだろうか。
 思考が展開についていってない僕の手を引くように、二人は歩いていった。
 途中、僕は気になったことを翼にこっそり耳打ちしてみた。
「あの……ハルイさんは男の人ですか?」
 翼も僕の耳にそっと言葉を囁いた。僕はその答えに納得できた。
 ひとまず、春依さんは彼。だから春依君とでも呼ぼう。

 学食でランチすることにした。
 春依君はあまりご飯を食べないことを、その時にもう知ってしまった。飲み物しか頼んでない。
「えーっと。春依君でいいですか?」
 お茶をすすりながら、僕はそっと聞いてみた。食べ終わった辺りでやっと僕から話しかけることができた。
 それまでは、翼と春依君から僕に話を振ってくれていた。
「何でもいい。ハルアでもいい」
「え、何で?」
「二人分だから」
「え?」
 僕は、「え?」としか言葉が出ない。相変わらずついていけてない。
 翼はそんな春依君をじっと見て、それだけで納得している。翼って、時々全てを見透かしたような目をする。
 でもこの場合、わかる方がおかしいんだ。翼がおかしいんだよー……。

「春依でいいってことだ」
 春依君はまたにやりとした笑みを浮かべた。
 今まで僕が出会ったことのないタイプ。でも、何だか僕は春依君とも仲良くなれる気がしていたんだ。

 三人の会話は弾んで、一緒にいる時間はとても楽しかった。それは、翼も春依君も一緒だと思える。


 翼曰く、口にした通りに気が合いそうだと思ったらしい。そしてふらつきながら一人でいる春依君を、放っておけないと感じたらしい。
 翼は直感が鋭い。とにかく、春依君と関わらなければいけないと感じたそうだ。
 これが、チョコレートクランチの始まり。

 こうして、僕ら三人は出会ったんだ。


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