HOME * noveltop mobiletop * ChocolateCrunch
3.友達だろぉおおおおお
そういえば、これは出会ったばかりの頃の話なんだ。この前のようで、既に懐かしくもある。
大学生なりたての頃の話。まだあの頃は、春依って呼んでたんだなぁ……
僕らの友達、春依君は今日もふらふらしています。
出会って、もう数週間。僕ともう一人の友達、翼は色々な生態を持つ春依君を観察しています。
元々、変だったから翼が春依君に近付いたんだ。翼もなかなかの不思議ちゃん。でも顔は凄く整ってるし、優しいし完璧だ。
そんな翼にもただ一つ、致命傷があるけどそれはまた今度にしよう。
時間が合うときは、僕と翼と春依君の三人でいつも一緒にいる。今日も例外ではなく、三人で大学の中を歩いている。慣れない大学生活も、もうすぐ一旦お休みがやってくる。ゴールデンウィークだ。気分は金曜日の午後に膨らむ楽しみを、大きくした感じ! だっててんてこまいだったもん、新しい生活は。
翼は今日も、優しくて穏やか。そしてアイドルみたいなキラキラしたオーラが出ている。
春依君は、今日も心なしか顔が青白い。そういえばさっきから喋ってない。時々置物に見えるくらい、春依君からは生気というものを感じない。
それから春依君が足をがくりと曲げて体を傾けるまで、そう時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっと春依、大丈夫?」
背の高い翼が、華奢な春依君をすぐに支える。僕もそれを手伝って、二人がかりで近くの食堂へと春依君を運ぶ。
椅子に座らせたら、春依君はテーブルに倒れこんだ。上半身をぱたりとテーブルに乗せる。座っている体力すらない、ってとこだろうか。
「えっと、えと、お水持ってくる!」
僕はお水を取りに行った。改めて春依君の顔を覗き込んだら肌の色が消えていて、顔面蒼白という言葉を思い出した。
お水をテーブルに置く。春依君の唇がうっすら開いたと思ったら、出てきた言葉がこれだった。
「俺なんかどうでもいいだろ」
ショートカットの髪型から男の子を連想するのだけど、よく見たら女の子にも見えて。
一体どっちなんだ!? と疑問を持ったところに、
「どっちだっていいじゃん」
と完全に突き放される。
着ているもの大体が黒くて、腕時計は確か本体が銀で文字盤がピンクで、眼鏡が暗めの赤。
通学は電車の時もあるけど、駅と違う方向へ去って行くこともあるのでよくわからない。
声はどちらかというと女の子寄りに聞こえて、目つきは睨まれてるのかと勘ぐる程度に悪い。(実際睨んでもいるのだろうけど)背は僕達よりずっと低い。
いつもぽつりと意味深な一言を漏らす。一言は核心を突くけど、それ以上は何も言わない。だから、真意も本音もいつも読み取れない。
そう。今みたいに。
「え、ん? どうしたの春依?」
翼がきょとんと呟く。
「俺なんかに構っても、なーんの得もございません」
「あ、こんなとこじゃキツいか。診療室っていうんだっけ? 保健室みたいなとこあるんだよね。探してこようか?」
「いい。つか放っとけ」
僕と翼はお互いを見交わす。
「ごめん。うるさかったね」
「ごめん」
そして謝った。でも春依君から出る言葉は予想とは違っていた。
「一人にして」
「え、でも、春依相当キツそうだよ? 一人にしたら駄目だって。心配だって」
「あぁー? どーせ無気力ですよ。死んだようですよ。自分でそういう風にしてるんですよ。うるせーよ。わかってるよ。こんな迷惑な奴、友達にして何の得もないよ。バーカ。バーカバーカ……」
突っ伏したまま、バーカバーカと呪詛の言葉を唱え続ける春依君。僕と翼はまたお互いを見交わす。翼はとても心配そうな顔をしている。春依君は呪詛の言葉を止め、僕達に問いかけた。
「何で俺に声をかけた?」
僕は春依君と初めて会った時のことを思い出す。よろよろ歩いている春依君を見て、突然翼が声をかけようと言い出したんだ。翼は答えた。
「気が合いそうだったからだよ」
確かに第一声はそれだった。しかしそれだけでは……
「意味がわかりません」
……ですよね。僕もそうです。翼からは主に知性を感じるのだけど、謎の子オーラもびしびし感じる。
春依君が顔を上げた。僕が先程置いたお水に目線を宛てる。いつのまにかうっすら頬が紅潮していて、若干暑そうだ。
「あ、お水飲んで」
僕が勧めると、春依君は軽く頷いてお水を飲み始めた。そして少し濡れた唇を開く。
「何でご親切にする」
相変わらず睨んでくる春依君の目。睨まれた僕は咄嗟に声を出す。軽く叫んだようでもあった。
「だって、友達じゃないですか! 春依君が思ってないなら思ってなくてもいいけど。僕はそう思ってるから。だから、助けるよ」
春依君は僕の方を睨み続ける。やっぱりちょっと頬が赤い。目を逸らしたと思ったら、テーブルを支えによろり立ち上がった。足を引きずるようにして、ゆっくり僕達から遠ざかろうとする。
「え、ちょっと何処行くの」
翼は素早く立ち上がり、春依君に駆け寄る。弱り切っている春依君が逃げられるはずもなく、翼に肩をつかまれて止められる。
春依君は軽く体制を崩し、翼に倒れかかった。翼はそれを受け止め、胸に春依君を引き寄せた。春依君は翼の腕にすっぽり収まる。
「春依……首とか熱いよ? 熱あったりするんじゃ……」
春依君はいつものように押しのけたりせず、じっと大人しく翼の腕に収まっていた。
「初めて翼が声をかけてきた時、翼が、天使に見えた」
春依君らしかぬ言葉に、僕は目を丸くした。翼も、大きな目を更に大きくしていた。
「こんな死にかけで生ける屍で天邪鬼な俺を、そんな俺でも、全部受け止めてくれるような気がした。翼も、ゆーちゃんも」
震える声で、呟くような春依君の言葉。ずるずる鼻をすする音がする。
「だからつい、飛び込んでしまった。俺にそんな資格はないのに」
春依君から力がどんどん抜けて行く。翼が支える腕を強くする。
「俺に、そんな資格はないのに……」
気を失ったのか眠ったのか、春依君からは完全に力が抜けてしまった。翼が抱きとめていなければ、倒れてしまう。
翼が少し焦ったように僕に目配せする。僕も慌てて頷いて春依君を支えるのを手伝った。
診療室の場所は遠いしシステムがよくわからないので、僕達の部室に春依君を運ぶことにした。春依君は翼に背負われて、運ばれた。僕と翼は軽音楽サークルに所属している。春依君は今誘っているところだ。彼、とても歌が上手いのだ。是非ヴォーカルにと誘っている。
「春依、とても軽い」
春依君を背負ったまま翼はまずそう言って、話し始めた。
「俺ね。作家になるのが夢じゃないですか」
そう。翼はとても文才がある。無類の本好きでもある。成果も既に挙げているらしい。
「それと同時に、何かとても楽しいことをするのが夢で、普段の目標なんだ。いつでもワクワクしていたい。そういう人生を送るのが夢だ」
前を向いていた翼の目がこちらを向く。その目は綺麗に輝いていて、とても眩しかった。
「春依を見た時ね、春依もいればもっと楽しいことができると思ったんだ。俺の直感。だから、声かけたんだ。まぁ、気が合いそうだったというのも一つだけど」
確かに、翼といるととっても楽しい。翼はいつだって面白そうなことを考えてくる。
「春依はこんなんだけど、いい奴だ。俺の友達で、仲間だ。さっきゆーちゃんが言った通り」
「うん」
何だか清々しくて、心も温かい。これは今が春だという理由だけじゃない。
部室に到着した。僕達もまだこの前加入したばかりなんだけど……大丈夫でしょ。
春依君を寝かせて、翼が脱いだジャケットをかけた。僕が春依君の額に手を当ててみたらやっぱり熱くて、濡らしたタオルを乗せておいた。
しばらくすると、春依君はうっすら目を開けた。
「んー……とてもダルい。記憶が曖昧だ。ここは何処だ?」
「僕達の部室だよ」
「いつのまに……ありがとう」
春依君は少し早まった呼吸でそう言った。翼は春依君の顔を覗き込んで、問いかけた。
「さっきさ、資格がないとか言ってたよね?」
「え……言われてみたら、言ったような気もするけど……」
あれれ。もしかしてさっきの春依君らしかぬ言葉は、意識朦朧故の言葉だったのかな?
「俺が天使とか……俺の胸に飛び込んでしまったとか……」
翼が遠い目をしながら語る。翼の大きい目はくるくると色んな表情をする。中身にある感情の波は常に穏やかすぎる程、穏やかだけども。
「それは言った記憶がないのだが」
突然春依君の声が明瞭になった。先程までの呻くような声ではなく、いつものはっきりとした滑舌で。
「じゃあ、思ってはいるのかな?」
「思ってない」
試しに尋ねてみたのだけど、即答で返された。では、あの春依君らしかぬ言葉は、本音だったのか何だったのか。
翼の方を窺ってみたら、何やら理解したような表情をしている。
「翼さん、何を悟ったんですか?」
「あの即答具合はどう考えても、いつもの反射的なキャラ保持だろ」
キャラ保持……何ですかそれは。
「強気でいないと、自分を保てないんだよ」
「何をごにょごにょと……」
翼に詳細を聞こうと思ったら、春依君の白けた低い声が届いてきた。
翼は構わず、僕と春依君に笑いかけた。
「春依もゆーちゃんも、俺の友達ってことだ」
「うん!」
僕は何だか嬉しくなって笑顔で答えた。春依君はかけていた翼のジャケットを頭から被ってしまった。そして呟き声がジャケットの中から聞こえてくる。
「まぁ……いいよ、友達ってことで」
それきりぴくりとも動かない。もしかしたらまた眠ってしまったのかもしれない。翼は構わず微笑んでいる。
翼の言葉の意味が何となくわかった。
「素直じゃない春依が好きなんだよ、俺は」
そう。春依君は素直じゃないだけ。言えないんだよ、普段はあんなこと。熱に浮かされでもしないと言えないんだよ。
僕らは、もう友達だ。
その時、僕の頭に疑問が一つ浮かんだ。
「そういえば、資格がないってどういうことだろうね?」
「いつも言う、二人分ってのも気になるね」
「うーん。追々考えてみよう」
その後、春依君の熱は無事に下がった。サークルに入るという春依君の言葉は、熱から来たものではない。
僕と翼は、これからも友達春依君の生態を観察します。
Copyright(c) 2009 Kyo Fujioka all rights reserved.