七夕 -願いの回る雨上がり-

「From マイプリンス翼君

行けなくてごめん。急用って入るんだな。

雫が俺のこと彦星とか言い続けたからかも……
今日、豪雨だし」

「From 雫

大丈夫。ここに来たから後は妄想でどうにかなる。
私は織姫ぐふふwww
講座頑張ってね(´∀`)vv」

「From マイプリンス翼君

おい…ここって何処だ」

「From 雫

講座終わったのかな。お疲れ様v

待ち合わせ場所だよ♪七夕祭りの広場。
お祭りは中止だけど(´∀`)
傘持ってくればよかった(・ω・)」

「From マイプリンス翼君

即刻近くの屋根あるとこ行け!」


「小雨になったね」
 背筋をぴんと張った茶髪に長身の青年は言う。場所はとある喫茶店。窓際の席。向かいには黒髪に眼鏡をかけた青年の友人がいる。友人は頬杖をついて気だるげにしている。
「通り雨かな。翼もそろそろ学校終わっただろう。それよりゆーちゃん。今日は愛しののんちゃんに会う日じゃなかったの?」
「のんちゃんの前に毎回言葉をつけたすのはやめてくれ」
 たしなめながら青年はしょんぼり肩を落とす。その様子に友人は細い目を細める。
「のんちゃんは雨降りだから具合悪いんだって。電車で一時間……なのに遠距離だよ」
 中間地点くらいの場所で最近会うんだけど、とつけたして青年は目の前のハニーラテをきゅるると飲み干す。そんな青年の悲壮さに友人は「むぅ」と口をすぼめて呟く。
 その時、窓の外を全速力で駆けていく人物が二人の目に入った。
「今の……」
「……翼?」
「翼だな」
 断言すると同時に友人は携帯を取り出し、凄まじいスピードで文字を打ち込み、携帯をしまった。
「確認のメール送信完了」
「何の確認!?」
「今日は翼も愉快な彼女と七夕祭りに行く予定だったのだ。愉快な彼女の最新呟き曰わく「彦星妄想なう。お祭りは中止。傘忘れた\(^0^)/www」」
「何故雫ちゃんのID知ってんの」
「俺だから」
「そうだね」
「日頃の行動から推測するに、彼女は祭り会場にいるな」
「あまり説明になってないけど」
「俺だから」
「そうだね」
「愉快な彼女は待ち合わせ場所に三時間前には来る。翼の予定が入ったのは二時間前。翼は彼女が既に来ていることを想定して連絡はしてるだろうが、彼女はそこで『帰宅』の発想でなく『妄想』の発想に至る」
「そして今も待ち合わせ場所で妄想し続けている、と」
「翼のことだ。愉快な織姫を迎えに行ったのだろう。その確認」
 そこで友人は再び携帯を取り出して眺め、青年にびしり突きつける。
「ビンゴ」
「From 風矢 翼

 電車移動中。
 あの馬鹿は雨の中ですら恋人不在のデートをする」
「翼さんがご立腹。明日は吹雪くぞ」
「吹雪くね」
「さすが雫様。あの翼を惚れさせ、怒らす」
 短い文面だけで心情を汲み取る。そう。彼らは仲良し。(脅威の洞察力とも言う)
「面白いことになっている」
「そうだね、面白いね!」
 普段からかわれる側の青年はこれを機に面白がろうと力強い口調で返した。
「後で詳細を聞こう」
「そうしよう!!」
 変わらず気だるげな友人に対して、青年は眉に力を込め、更に背筋を伸ばした。
「今日は、人の願いが回ります」
「みんなが願い事をする日だね」
 二人は店内の隅に飾られた笹の葉と下げられたたくさんの短冊に目をやった。
「あそこに願いが詰まっている」
「そう考えると凄いね」
 青年はハニーラテをちゅるちゅるすする。きちんとした佇まいと手にある甘い飲み物は、ミスマッチに見えなくもない。
「のんちゃんのお願い事はなんだろう。やっぱり元気になりたい、かな」
「そうだろうね。でも、今日はもっと大きなお願い事があるはずだよ」
「え、何?」
 首をくいっと傾げる青年に、友人はぴしっと指を立て、得意の上目遣いで見据えた。
「ゆーちゃんに会いたい」
「え、えぇ、そんな、えぇ……」
 青年は動揺し、ほぼ同じ言葉しか発さなくなった。その時、青年のカバンの中で、携帯が震えた。
「あ、噂ののんちゃんからだ。『一緒に短冊飾りたかったですね』だって」
「ほれみろ。ゆーちゃんに会いたいって」
「うぅ……僕だって会いたいよ」
「行けばいいじゃない。電車で一時間。ゆーちゃんが行く分には軽いだろ。のんちゃんだって近くでなら大丈夫かもしれない」
 友人は鋭い目つきを青年に刺す。
「行きなさい」
 青年は弾かれたように立ち上がる。そして鞄を掴み、外へと駆けだした。
「ふぅ。俺だけぼっちか」
 友人はアイスティーを飲み干した。

 小雨が降りしきる中に、小さな丸い影がいる。
 目は真ん丸で大きく、何とも愛嬌ある顔をしている。垂らした髪は、雨で濡れていた。
 そこに、幾人かの男が近寄った。
「こんなとこで何してるの? 濡れちゃってるじゃない。俺達と一緒に遊ばない?」
「私、今妄想に忙しいので!」
 全く物怖じせず、彼女はあははははぁと笑いながら言った。
「面白いねぇ。俺達と一緒に……」
 言葉は最後まで続かなかった。一人の青年がこちらに向かって走ってきたからだ。
「うお、もしかして彼氏? 超イケメン! 何モデルとかアイドル?」
「俺の彼女に何するつもりですか?」
 軽薄な口調は途切れた。低く囁かれた声と共に、彼女へ伸ばしかけた腕が捻られていた。
「いでででででぇ!!」
 悲鳴が上がる。現れたヒーロー翼は、雫の手を強く引いて、その場を立ち去った。
「馬鹿っ! 風邪引いたらどうすんだ! それに危ないとこだったじゃないか!」
 普段一切怒ったりしない翼には、迫力があった。
 当の雫は、そんな翼に若干怖くなったり、一方で激しく萌えたりしていた。
「ねぇねぇ、短冊だけゲットしたんだ。翼君も書こうね!」
 怒り慣れてない翼はすっかり冷め、呆れ、そして諦めた。

 青年は愛しののんちゃんことのんちゃんとファミレスにいた。
 のんちゃんの地元のモールで短冊を飾り、しばしモールを探索し、ファミレスへと落ち着いた。
「ゆーちゃんが会いに来てくれて、のんちゃんとっても嬉しいです。具合も大丈夫になったのよ」
 のんちゃんの笑顔に、青年も最高の幸せを感じていた。

 友人は帰宅した。リビングからは、華やいだ声が聞こえる。今日も同居人達は何やら盛り上がっているようだ。
「ハル君おかえりなさい。今日の夕ご飯は七夕スペシャルです。たくさん食いなさい」
「お! ハルおかえり! 一緒に短冊書くぞ!」
 華やぐ部屋に入ってから、友人の寂しさは雨に流されていた。

 今日は人の願いが回る。
「元気になって、ゆーちゃんに追いつけますように」
 人は空へと願いをかける。
「翼君とずっとラブラブでいられますように!!」
 空は人の願いで満ちる。
「また二人でライブに行けますように」
 あなたの会いたい人は、誰ですか?


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